2025/12/10
特別セミナー「欧州の対中戦略を読み解く――期待される経済安全保障分野での日欧協力」をコンラート・アデナウアー財団と共催しました。
中曽根平和研究所は2025年11月19日、コンラート・アデナウアー財団(KAS)との共催で、特別セミナー「欧州の対中戦略を読み解く――期待される経済安全保障分野での日欧協力」をホテルオークラ東京で開催しました。日本と欧州が直面する地政学的緊張の高まりの中、経済安全保障分野における日欧協力の方向性を多角的に議論する場となりました。
冒頭、パウル・リナーツ KAS日本代表は開会挨拶で、日本とEUがエネルギー、鉱物、原材料の輸入やグローバルなサプライチェーンに依存していることを強調しました。日本は2010年以降、経済安全保障の問題に注目してきたものの、この概念は欧州にとってはまだ馴染みのないものであり、EUは経済安全保障の分野で日本から多くを学ぶべきだと指摘しました。
続いて、麻生太郎 当研究所会長が挨拶に立ち、急速に変容する国際環境の中で、自由で開かれた国際秩序を維持していくためには、価値を共有する民主主義国間の連携が不可欠であると述べました。特に欧州は日本にとって重要な協力相手であり、経済安全保障分野における日欧協力は、サプライチェーン強靱化やルール形成など多方面で大きな潜在性を有していると指摘し、本セミナーがその一歩となることへの期待が示されました。
■ 第一部:基調講演
基調講演を行ったヤン・チェルニッキー KAS経済・イノベーション部長は、中国への高い経済依存は日独双方にとって構造的特徴であり、完全なデカップリングは現実的ではないと指摘しました。しかし、この関係は適切に管理されなければならず、米国とのパートナーシップに変化が見られる中、両国は貿易に関する意思決定の主権を維持し、米軍のプレゼンスに関する様々な議論が続く中で、日独両国が自立的な政策判断を行えるようにするためにも、防衛能力への投資を進めるべきだと述べました。
同氏は、ドイツが中国を「パートナー」「体制上のライバル」「競争相手」という三つの視点で捉えており、近年は後者二つの比重が高まっていると説明しました。したがって、ドイツはデリスキングを中心とした具体的政策を進めているが、EU全体としての合意形成には依然として課題が残っており、中国に関する最新の戦略文書が、6年前の2019年策定の「EU-China Strategic Outlook」にとどまっている事実にもそれが表れていると指摘しました。
さらに同氏は、中国の中央集権的で補助金主導の産業政策は、ドイツの制度の複雑さに加え、民主的で透明性の高い政策決定プロセスがあるゆえに、ドイツが同様に模倣することは難しく、そのために、中国はドイツよりも迅速に対応できてしまうと指摘しました。そのため、むしろ制度的な枠組みを整備し、イノベーションを促すことで、ドイツの技術者や科学者が中国に手の内を明かすことなく解決策を生み出す方が有効だと述べました。また、この点で日本とEUが協力できる余地は大きく、ルールに基づく国際秩序の維持、研究協力の強化、インフラ整備といった分野で連携が可能であると付言しました。
■ 第二部:パネルディスカッション
基調講演を受けた第二部では、川島真・当研究所研究本部長をモデレーターに、岩間陽子 政策研究大学院大学教授、猪俣哲史 アジア経済研究所 上席主任調査研究員、シュテフェン・ヒンデラング ウプサラ大学教授、そしてチェルニッキー氏を交えた議論が行われました。
各パネリストからは、日欧の立場の違いを踏まえつつ、協力の可能性と課題に関する多角的な視点が提示されました。
岩間氏は、EUの対中国観が「パートナー、競争相手、システミック・ライバル」の3分類で整理されてきた経緯を述べつつ、日本とEUとでは、この3分類の比重が変化した「時間軸」が異なる点を強調しました。日本は1990年代以降、競争相手、ライバルの側面を早期から警戒してきたのに対し、欧州が同様の認識に至ったのはロシアのウクライナ侵攻後であると指摘しました。また、欧州がグローバルサウスへの関与を強める現状にも触れ、「守りの経済安全保障」だけではなく、日欧が能動的に第三国へ働き掛ける戦略的重要性を提起しました。さらに、日独が製造業中心の輸出大国である点で産業構造が似ており、対中依存や競争激化といった課題が本質的に共通している点も明らかにしました。
猪俣氏は、グローバル・バリューチェーンの構造的特性として、特定地域に生産能力が集中すると、それが容易に経済システム全体の「チョークポイント」になり得ると指摘、単一点の障害が世界規模の供給網を停止させた事例を示し、相互依存の深まりがもたらす脆弱性を改めて強調しました。続いて、サプライチェーンの脆弱性分析を通じ、独大手自動車メーカーが特定国の半導体に極めて高い依存度を持つことを紹介し、企業が把握しにくい多層構造の依存が潜在リスクを拡大させていると説明しました。こうした脆弱性への対応は、経済安保の「拒否的抑止」の観点からも、複数国による協調的仕組みづくりが不可欠であると述べました。
ヒンデラング氏は、EUの対内投資審査の構造や法制度の進展を紹介し、中国企業による投資の増加がEU域内の産業基盤に与える影響を指摘しました。補助金や国家資本を背景にした中国企業の行動は、域内市場の競争条件を歪める可能性があり、透明性と対等性を確保するためには法的枠組みの強化が必要であると述べました。また、リスク評価手法においても日EU協力の大きな余地があり、相互に学び合うことで、より適切にリスクを取りつつ、豊かで自由な社会を実現できるとの見方を示しました。
さらに基調講演者のチェルニッキー氏からは、産業政策で中国に「正面から対抗」することの非効率性に触れつつ、日欧が協力すべき領域として、ルール形成、重要原材料の共同枠組み、研究・インフラ投資などが改めて示されました。
■ まとめ
議論全体を総括して、川島真 当研究所研究本部長は次のようにコメントしました。
日欧間には、中国を「パートナー、競争相手、システミック・ライバル」と捉える際の時間軸の相違や、「戦略」という語の含意の違いといった、多様性が確かに存在するものの、そうした相違があるのは当然のことがあり、日欧には依然として多くの共通点があると強調しました。
具体的には、第一に、有事における重要物資の相互融通といった実務レベルでの協力が挙げられました。第二に、グローバルサウスにおいて、押し付けとならない魅力あるルール形成をどのように共同で進めるかが重要であるとしました。また、中国との関係においても、サプライチェーン、データ、技術、市場など多層的な論点を踏まえ、いかなる「規制コード」や協力原則を構築すべきかが課題であると述べました。
そのうえで川島研究本部長は、日欧双方が国内事情や地域事情による制約を抱える現実を踏まえ、相手の状況を丁寧に理解しつつ対話を継続し、共通解が得られる領域を積み重ねていくことが今後の日欧協力の鍵になると結びました。
◆基調講演
・ヤン・チェルニッキ― KAS経済・イノベーション部長
◆パネル・ディスカッション モデレータ
・川島 真 中曽根平和研究所研究本部長
◆パネリスト
・岩間 陽子 政策研究大学院大学(GRIPS)教授
・猪俣 哲史 日本貿易振興機構アジア経済研究所(IDE-JETRO)上席主任調査研究員
・シュテフェン・ヒンデラング ウプサラ大学法学部教授 / CELIS Instituteエグゼクティブ・ディレクター





