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2019/12/27
「デジタル&ブロックチェーン時代の貿易・関税の新たな意味と課題」 (齋藤哲哉・日本大学准教授、赤羽喜治・NTTデータ デジタル戦略推進部部長) (「情報通信技術(ICT)と国際的問題」研究会+「米中経済問題研究会」コロキアム)

 中曽根平和研究所では標題につき、暗号資産・ブロックチェーンをも専門分野とされ、理論・実証双方における気鋭の国際経済学者である齋藤哲哉・日本大准教授、ならびに決済基盤・ブロックチェーンを専門とする赤羽喜治・NTTデータ 金融事業推進部デジタル戦略推進部部長との意見交換を、以下の通り開催しました。

 議論の概要は以下3のとおりですが、オフレコを前提としていますので、これ以上の詳細は割愛いたします。

1 日時:令和元年11月25日(月) 15:00-17:00

2 場所:中曽根平和研究所 大会議室

 

3 概要

(1)第四次産業革命がもたらす国際通商問題とその将来 ~戦略的貿易政策論の再燃と国際社会の行方~ (齋藤准教授)

■消えゆくと思われていた国際貿易論への再注目

 2000年代中盤の、企業生産性の高度さと輸出力との相関性に着目した、マーク・メリツ(Marc J. Melitz)のいわゆる「新『新貿易理論』」を最後に、国際貿易論、特に貿易協定に絡む議論は下火となり、やがては消えゆくと思われていた研究領域であった。しかし米中問題はそこに新たな火をつけつつある。GATT/WTOについても今後1~2年で新たな論考が出てくる予感がある。

 「貿易協定の経済分析」で近年最も代表的な論考は、Bagwell and Staigerが1999年に発表した"An Economic Theory of GATT"である。これはゲーム理論の応用であり、貿易協定を取り交わした2国が、これに違反する際に互いに報復関税をかけるというゲームであるが、実際には協定を守ったほうが得になるため、貿易関税が維持されるという考え方である。なおH.G. Johnsonが1953-54年に発表した関税理論の古典ともいえる"Optimum Tariffs and Retaliation"においては、財の偏在によって関税戦争に勝利する国があることを、いわゆる'Johnson's Case'として、理論的に指摘している。

 また「戦略的貿易政策論」のうち代表的な論考は、1980年代初頭に発表されたいわゆる"Brander & Spencer Model"であり、将来性あるとみなされる産業に補助金をつけて育成し、市場支配力と規模の経済により競争力を養うという考え方である。(当時は航空機製造産業である、ボーイング(米国) vs. エアバス(欧州)がこの代表事例とされた)

■第四次産業革命と、溶け行く"国境"概念、そして安全保障

 あらゆるものが情報通信技術を通じてつながっていく時代に於いて、国際貿易についてもブロックチェーンやFintechの活用により、取引・移動記録・決済・保険が一括でデジタル記録される時代となる。さらに情報処理能力の向上はこれらをリアルタイムで実現できる方向に進んでいる。

 これは、国際通商政策が前提としていた"国境"を薄れさせることにつながる。財がインターネットを通したサービスでグローバル提供され、規模の経済による集中化が進み、国際電子決済もより容易となる。国際通商においてこの動きが進むと、「規模の経済をめぐる争い」が全地球的に勃発し、国際間取引や決済などを、当局がコントロールしきれなくなる可能性がある。今後の国際通商政策はこうした課題をはらんだサービス貿易にリソースを重点化すべきである。

 なお、この時代における安全保障の観点からの新たな課題としては例えば、「国際通商基盤としての情報通信インフラの不全(機密漏えい、攻撃他)」「民生品の精度・能力の向上による軍事転用の容易さ(ピックアップトラック、ドローン他)」が挙げられよう。(米中対立は両国がこれらの重要性に気づいて大量の資金を投下して仕掛けてきていることもその背景にある)

 

■米中問題と貿易政策の今後

 かつての日米貿易摩擦と比較した際の、目下の米中問題の問題点は、「国際通商基盤としての情報通信インフラを、機器・システムの面から牛耳る可能性のあること」「規模の経済が働けば、米中どちらかが一方的に勝利する可能性もありうること」である。物品購入や為替バランスを含めた、トップ外交等による均衡は、もはや働かせにくい時代となった。

 こうした時代の貿易政策の問題点は、先述の「サービス貿易への対応」「安全保障問題」そしてこれらを踏まえた「GATT/WTO体制の形骸化」「貿易自由化そのものへの疑問」といえる。

 冒頭にあげた国際貿易論から予想される、貿易政策の今後としては、「戦略的貿易政策論的な世界の再来」「パワーベースの国際通商政策」そしてこれらを踏まえた「保護主義への舵切り(の可能性)」である。

 

(2)デジタル鎖国への岐路に立つ日本 ~ブロックチェーン技術がもたらす、貿易・関税へのインパクト~ (赤羽部長)

■「相互検証」「合意形成」による、「分散管理型システム」としてのブロックチェーン ~国際貿易との親和性~

 従来のシステムは「中央集権型」のシステムと言われるのに対し、ブロックチェーンは「分散管理型システム」とされ、「電子署名」「ハッシュ値」等を活用した複数主体の相互検証と合意形成によりデータを流通・共有させ、信頼性を全体として確保可能な、一連の技術的アプローチである。したがって、純粋な情報技術という側面のみならず、中央集権的なスキームの形成が困難で独立した複数主体間の合意形成を要するというユースケースで真価を発揮する「ポリティカルな技術」の側面もある。

 このブロックチェーンの特性は、"壮大な伝言ゲーム"的要素を持つ「国際貿易業務」と非常にマッチする。「紙ベース」の取引から、「クラウドコンピューティングベース」の取引へ。そこに信用状、保険証券、船荷証券、通関書類、決済情報等、必要なドキュメントがすべて束ねられる形であり、書類の作成時間・整合性確認時間・管理コスト・受渡等業務時間等の効率化が図れるものである。(ブロックチェーンによるBefore/Afterは図表を参照)

 

■国際貿易業務におけるブロックチェーン技術適用の現状

 世界中で様々なプロジェクトが立ち上がっている。主に欧州・米国および日本が起点となっている、船運業界もしくは金融業界が中心のプロジェクト群と、主にアジアが起点となっている、政府系中心のプロジェクト群とがある。

 国際貿易業務は、関係する事業主体が多く、また国をまたがることから、実務上の問題点を洗い出し改善していくことが重要であることから、いずれも現在はまだ初期段階である。しかしながら、プロジェクト間の連携(相互接続・合従連衡)も盛んになりつつあり、また一方で、陣取り合戦も盛んになりつつある。 

 

■国際貿易におけるブロックチェーン技術の浸透と、国家安全保障・国家競争力

 ブロックチェーンは合意形成によるデータ共有がキモだが、そのデータの共有の仕方次第で、国家安全保障への影響が出てくる。1つの理想形は「データが改ざんされていないことを相互検証するために必要な情報はは国家間で流通させ、データそのものは関係国の間だけで共有しておく」形である。

 また国際貿易のデジタル化の動きは、欧米で活発なのは勿論のこと、アジアでも中国・ASEANでの動きが国家主導で活発である。近い将来日本を追い越していく可能性も十分に考えられる。しかしながら日本では「紙とハンコ」が依然として重要視され、法制度上も、原本性や法人署名の側面から、電子書類が紙書類と同等の扱いにはなり切れていないなど、デジタル国際貿易の実現を阻む要素が多分に存在する。

 こうした点は、欧米ならびにアジア各国では既に議論・対応が進んでおり、中国にも後れを取りつつあるのが現状である。このままでは日本が「デジタル鎖国」におのずと追い込まれる可能性もあながち否定できない。日本が「デジタル時代の国際自由貿易」を真にリードしていくためには、これら問題への幅広い認識と、政財官が連携した早急な対処とが、必要不可欠だ。

以上

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