2024/10/31
10月24日にNPI公開ウェビナー「中国の「歴史戦」を紐解く」を開催しました。
日中間の歴史問題といえば、靖国神社参拝、歴史教科書の記述、「慰安婦」をめぐる賠償訴訟などでしたが、昨今はこの問題のありようが大きく変わってきたようです。中国共産党の結党100周年にあたる2021年、「四史」(中国共産党史、新中国史、改革開放史、社会主義発展史)という新しい歴史の重点が強調されたように、習近平政権は公的な歴史認識の再構成を進めてきました。そしていまや中国の語る「歴史」は、国内だけでなく、対外的にも既存の国際秩序に変容を迫るための論拠となりつつあります。その一つがサンフランシス講和条約体制への疑義であり、それに関わる台湾、沖縄に関する歴史認識です。
本ウェビナーでは、中国のしかける「歴史戦」にまつわる諸問題について、最新の研究動向を踏まえて議論しました。
[パネリスト]
川島 真 (中曽根平和研究所 研究本部長)
報告1 「中国の歴史戦--国内での「歴史」再構築と対外「歴史」戦」
福田 円 (法政大学法学部 教授/中曽根平和研究所 客員研究員)
報告2 「台湾をめぐる国際認識--国連総会第2758号決議に関する論争」
益尾 知佐子 (九州大学大学院 比較社会文化研究院 教授)
報告3 「中国の沖縄浸透工作」
[モデレーター]
江藤 名保子 (学習院大学法学部 教授/中曽根平和研究所 客員研究員)
当日は、官庁、企業、研究者、マスメディア等の方々の視聴参加を受け、活発な議論が交わされました。議論の主なポイントは以下のとおりです。
・近年、歴史を巡る中国のナラティブが非常に変化・活性化していが、それは、中国国内の歴史重視という現象の反映ではなく、戦略的・構造的概念に基づくものである。
・習近平国家主席は、2017年5月に5・17講和を発表し、歴史の変革期における哲学・社会科学の重要性に言及した。
・習政権は、党主導で「話語権(ディコースパワー)」を強化し、政権の政策に合わせて歴史などのナラティブを再構築および理論化して、宣伝・浸透工作を通じて内外にそれを広めようとしている。
・中国国内では、この7~8年で「共産党」の歴史を「国家」の歴史以上に重視する傾向に転換し、その歴史認識を日常生活にまで浸透させようとしている。習政権は、歴史を政治思想と同義と捉えて、歴史教育の統制を強化し、青年への浸透を図っている。
・習政権は、1951年に始まったサンフランシスコ講和条約体制(旧金山体制)を、台湾・沖縄・日米安保体制などの諸問題の元凶と捉え、米国を中心とする東アジア国際体制を、第二次世界大戦の「戦後遺留問題」として批判している。
・2025年(戦後80年)に向けて、ロシアと歴史認識を擦り合わせて、「サンフランシスコ講和条約体制批判」と「戦後遺留問題」を組み合わせたナラティブの浸透を図っている。
・台湾に関しては、国民党との協力ではなく、台湾社会への直接的な浸透によって台湾統一を目指す方針に転換している。歴史認識でも、対日戦争における国民党の役割が縮小されている。
・中国は国連総会第2758号決議こそが自らの「一つの中国」原則を示していると、昨今主張しているが、この決議は中華人民共和国への国連代表権の交代を謳っているものの、台湾の帰属には言及していない。
・中国は、同決議を「台湾は中華人民共和国の一部」だとする「一つの中国」原則が国際的に受け入れられていることを示す根拠として、ナラティブの読み替えを行い、国際社会への浸透を図っている。斯かる中国式解釈の浸透工作は、「話語権」強化の具体事例といえる。
・中国は、中央アジア・アフリカ・東南アジアなどにおける友好国の支持を得て、中国の主張する「一つの中国」原則が世界的に受け入れられるよう働きかけを強めている。
・これに対して、先進民主主義諸国は、2758決議が中華人民共和国の台湾に対する主権や台湾の将来的な地位には言及していない点を主張し、中国がこの決議を根拠に台湾を過度に国際機関から排除しようとする行動を批判している。台湾は、国連機関ではメンバーシップがないため、友好国の主張に謝意を示すことが主である。
・中国は、協力関係にあった日本共産党の影響もあり、戦後一貫して沖縄が日本の一部であることを認めてきた。しかし2005年8月に初めて、「琉球の地位は未確定」と指摘する学者の見解が中国外交部管轄の雑誌に掲載された。
・中国は、「サンフランシスコ講和条約体制批判」を日本への攻撃材料として用いる準備をしている。2023年ごろから、SNS等を使って沖縄独立論を煽る動きを活発化させている。
・中国は、学術・メディア・文化・経済などの交流を名目に沖縄浸透工作を行っているとみられ、2013年に設立された琉球民族独立総合研究学会にも接触を図っている。浸透工作の目的は、台湾有事の際に沖縄で中国の意向に沿って動く人材や組織を育てることにあるとみられる。
・中国は、党が司令塔となり、分野横断的に統一戦線工作を行ってきた。近年、活発化した日本に対する工作では、大使館や総領事館などの外交系統が他組織を巻き込む形で活動を展開している。他組織の中では、中国社会科学院日本研究所が最もアクティブである。
・2024年9月には中国の大連海事大学で「琉球研究センター」の設立準備大会が開催された。そこでは日本に対して、「歴史戦」のみならず「法律戦」の展開準備をしていると考えられる。
・習主席のロシア訪問に合わせて、スプートニクに沖縄問題に関する記事を掲載するなど、中ロ共闘の動きもみられる。
・日本では、中国による浸透工作の研究は、研究者が政府の支援なしにそれぞれ個別に行っている。こうした中国の動きは日本の安全保障にとって重要だが見えにくい。情報を集約し、他国の事例と比較するなど、組織的な対応が求められる。国益の観点から、長期的・戦略的に、産官学が連携して分析する必要がある。
・一方で、中国との対話は今後も継続して行い、意思疎通を図っていく必要がある。
以 上