English

メールマガジン

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

2019/10/07
NPIメールマガジン(日米首脳会談特別号)

NPIメールマガジン(日米首脳会談特別号)

【特集記事】
念には念を入れて-トランプ大統領訪日に寄せて
久保文明・研究本部長(東京大学法学政治学研究科教授)

 安倍晋三首相に近い首相官邸の情報筋によると、首相はアメリカのドナルド・トランプ大統領と何度も話したことがあるにもかかわらず、しばしば同じ議論を繰り返さなくてはならないという。大統領が忘れっぽいからなのか、あるいは交渉者としての彼の抜け目のなさを示しているのかははっきりしない。しかし答えがどちらにしても、トランプ大統領が日本の国益に対して十分な理解をもたないため、日本政府は想像もできないほどの懸念を抱いてきた。
 2012年に成立した安倍政権の下で、日本は国家安全保障にかかわる法的な枠組みを変更し、防衛費を増加させた。しかし、これらの対策で十分だと信じている人はほとんどいない。日本は北朝鮮からの核ミサイルによる攻撃という、深刻な脅威に直面している。軍事力を急激に拡張する中国は、日本の領海に定期的に侵入している。長期的に見て、日本が中国と領有権を争う尖閣諸島(中国名では釣魚群島)を防衛できるか否かは不透明である。1945年以来初めて、日本固有の領土が脅かされているのである。
 日米同盟が、日本にとって安全保障の根幹であり続けていることは驚くにはあたらない。大統領候補としてのトランプが日米関係について無知や無理解を露呈したことで、日本は警戒心を募らせた。2016年の大統領選挙中に、もし中国が尖閣諸島/釣魚群島を占領すれば大統領としてどう行動するかと尋ねられて、トランプはこう答えた。「あなたも知っている通り、私は何をするか発言するのが好きではない。言いたくないからだ」と。
 しかし、2017年2月に行われた最初の日米首脳会談で、安倍首相は尖閣諸島/釣魚群島に対するトランプ大統領のはっきりしない態度を改めさせることに成功した。その会談以後、貿易面は障害であるものの、安全保障面は概ね安定している。安倍首相とトランプ大統領の個人的なつながりが、今後も日米関係を前進させていくことになるだろう。
 トランプ大統領の一貫性のなさについて言えば、外交問題について深い関心も無ければ確固たる信念も持たない指導者との間では、個人的な関係こそ最も重要なのかもしれない。もしそうだとすれば、安倍首相の人間関係を軸にしたアプローチは正しいのだろう。彼は何回もトランプ大統領とゴルフを楽しみ、ノーベル平和賞にトランプ大統領を推薦する手紙すら書いた。
 確かに、このような「抱きつき」外交にも限界はある。トランプ大統領は依然として日本から輸入される鉄鋼やアルミニウムに関税を課している。彼はアメリカをNATOに留め、アメリカ軍がシリアや韓国に駐留し続けることの是非について、ジェームズ・マティス前国防長官と激しく議論した。日本にとって最悪のシナリオは、トランプ大統領が、日本が貿易面で譲歩しないと日本を防衛しないと脅すことである。
 日本からすれば、安全保障や貿易についてトランプ大統領の怒りを買って得をすることは何もない。これはアメリカに盲従することを意味するものではないが、安倍首相はトランプ大統領が重要な問題において日本の立場を踏まえ、できれば十二分に支持しているように、自らの努力で念には念を入れることがきわめて重要であると判断している。
 北朝鮮による日本人拉致問題のように、トランプ大統領との頻繁な会談が安倍首相に利益をもたらした事例もある。トランプ大統領は2019年2月にベトナムで行われた米朝首脳会談の際に、金正恩委員長に対してこの問題を2度提起した。安倍首相にとって、拉致問題は依然として重要である。2019年4月にトランプ大統領と会談した時に、安倍首相は金正恩委員長へのメッセージを伝えるように依頼したかもしれない。金正恩委員長は、いずれ安倍首相と会う用意があるとトランプ大統領に述べたと報じられている。
 2019年6月に大阪で行われるG20サミットの開催国、そして議長国として、安倍首相は2018年のG7サミットでトランプ大統領が自由貿易の維持を唱えた声明案に同意しなかったため、首脳の共同声明が成立しなかったことを記憶しているはずである。この時、安倍首相にとって良かったことは、トランプ大統領が首脳協議の最終段階になって、ともかく安倍首相の決断を何であれ支持すると述べたことである。懸念は、同じような衝突が本年6月のG20の会合でも繰り返されるかもしれないことである。
 4月に安倍首相が訪れた訪問先には、フランスやイタリア、カナダ、アメリカが含まれていたが、これらは全て大阪での首脳会議に参加する国々である。アメリカと他国の相違を最小限にすることが目的の一部であったことは間違いない。トランプ大統領との会談におけるもう一つの重要な目標は、5月に東京で開かれる日本の新しい天皇との公式晩餐会に、彼が出席するのを確実にすることだった(トランプは徳仁天皇と会談する最初の外国の要人となる)。トランプがこれに同意したことは、さらなる重要な成果となった。
 貿易交渉を深刻な譲歩なしで速やかに決着させることも、安倍にとって喫緊の課題である。アメリカがTPPから脱退した後にアメリカの農業者たちが不利益を被っていることを考えれば、参議院選挙の後ではあるものの、比較的速やかな合意は可能かもしれない。
 安倍首相とトランプ大統領の会談はこれまで数多く開かれてきたのだから、もはや余計であるという政府外からの印象や批判とは対照的に、4月下旬の日米首脳会談で議論すべきことは山積みだった。両国の指導者の間での信頼関係を万全にすることは最優先事項であり、安倍首相は5月下旬の日本での会談でもそれを目標とし続けた。
 本年5月の国賓としてのトランプ訪日も基本的には成功であったといえよう。日本側はこれでもかというほどトランプ大統領を接待し、同盟関係が強固であることを発信した。これまでの安倍首相の努力は、予測不可能で気難しい相手に対して、100%ではないものの、そこそこ高い確率で報われてきた。だからといって、これからもうまくいくという保証はない。結局は、今後とも念には念を入れる方法しかないであろう。

※本稿は"Abe Trump Meetings Get Personal," East Asia Forum, May 26, 2019(以下リンク先を参照)を翻訳し、若干の加筆修正をしたものである。
 https://www.eastasiaforum.org/2019/05/26/abe-trump-meetings-get-personal/


・NPIメールマガジンの配信停止はこちらからXXXX

本メールマガジンの内容を引用する際には、出典を明記くださいますようお願い致します。

----------------------
中曽根平和研究所(NPI)
〒105-0001 東京都港区虎ノ門3丁目2番2号 30森ビル6F
TEL 03-5404-6651 / FAX 03-5404-6650
https://www.npi.or.jp/

< 前のページに戻る

NPIメールマガジン バックナンバー

記事一覧へ >
公益財団法人 中曽根康弘世界平和研究所(NPI)
Copyright ©Nakasone Peace Institute, All Rights Reserved.