English

メールマガジン

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

2019/12/24
NPIメールマガジン(イギリス総選挙の結果とブレグジットの行方)

NPIメールマガジン(イギリス総選挙の結果とブレグジットの行方)

イギリス総選挙の結果とブレグジットの行方 -「いばらの道」を前にして

細谷雄一(上席研究員・慶應義塾大学教授)


 12月12日のイギリス総選挙の結果は与党保守党の大勝に終わり、ボリス・ジョンソン保守党政権が維持されることとなった。近年の総選挙や国民投票では、事前の世論調査機関の予測と実際の結果が大きくかけ離れることが多く、世論調査の信頼が大きく低下していた。ところが今回の総選挙では、事前の調査結果と選挙の得票率とで主要政党に関してはすべて1%以内の誤差に収まっており、おおよそ予想通りの結果といえる。測定方法などで改善がなされたことによるものと思われる。結果として、ジョンソン首相率いる保守党政権のEU離脱へ向けた方針が国民に信任され、他方で戦後最も社会主義的なマニフェストを掲げたジェレミー・コービン党首率いる労働党が歴史的な大敗を喫した。
 他方で、小選挙区制をとるイギリスの場合は、得票率と獲得議席数とで大きな開きが生じることがある。今回の総選挙では、解散前と比べて59議席減と、労働党が大きく議席を減らした。保守党が47議席増となったために、二大政党で明暗がはっきりと分かれた。これは単純に、ボリス・ジョンソンとジェレミー・コービンの二人の党首に対する国民の好感度の違いであり、極端に左派に傾斜するコービンの首相就任を国民が嫌った結果といえる。さらに、主要公的部門の国有化という過激な公約を掲げた労働党には、経済界を中心に強い抵抗が見られた。いわば、左派ポピュリズムでは政権を獲得することが容易ではないことが明らかとなった。
 それ以外の興味深い点としては、得票率が最も増えたのが、自由民主党であることだ。自由民主党は、若き女性党首のジョー・スウィンソンが自らの選挙区で落選するなど後退が目立ったが、実際の議席減は1議席で、反対に得票率は4.2%増えている。すなわち、明確に離脱の立場をとった保守党や、明確に残留の立場をとった自由民主党およびスコットランド国民党(SNP)が得票率を伸ばし、二度目の国民投票実施を公約に掲げてEU離脱に関する自らの立場を明確に示さなかった労働党が大敗したといえる。イギリス国民は、3年半も続いたブレグジットをめぐる迷走に、いい加減、嫌気がさしているのである。とはいえ、労働党と自由民主党の得票率を合計すると保守党を上回っていることを鑑みると、両者の間で選挙協力を行わなかったことで票が割れ、選挙戦略が適切ではなかったことも指摘できる。ブレグジット党が保守党を独自に支援する声明を出し、保守党の現職議員のる選挙区に候補者を擁立しなかったことで、EU離脱を求める票は分裂することなく、保守党が有利に選挙戦を進めることができた。
 これによって、「ブレグジットを実現させる(Get Brexit Done)」をスローガンに掲げたジョンソン首相が順調にEU離脱を実現できるかというと、そう簡単ではない。過半数を39議席も超える大きな多数を獲得したジョンソン氏は、確かに自らの締結した離脱協定案(WAB)を2020年1月末までに議会で可決することは確実であろう。しかしながら、それによって2月1日にイギリスがEUを離脱しているわけではない。それとともに、2020年12月末までの、「移行期間」がスタートするからである。この間に、ジョンソン首相は、EUとの間で貿易協定を中心とする「将来協定」を締結しなければならない。本当に大変なのは、これからである。
 いわば、1月末までの議会での可決が確実となった離脱協定は、イギリスとEUとの間で合意すべき協議全体のまだ1割程度を終えた段階に過ぎない。より重要なのは、貿易協定をはじめとするそれ以外の領域での合意である。そのなかでももっとも難しいものの一つが、北アイルランドをめぐる合意である。離脱協定案では、その点があいまいとなっており、ジョンソン首相は北アイルランドとEUの双方に「良い顔」をすることで、技術的な困難な問題の詳細を、先送りにした。北アイルランドとアイルランド共和国との間に「ハードボーダー」を創らず、そこでの国境管理を行わずに、さらにはブリテン島と北アイルランドとの間に「モノの自由移動」を確保するのは、実際には簡単ではない。おそらく再び政治問題化するであろう。
 そのことは、北アイルランドの将来、さらには連合王国の一体性をめぐり深刻な問題を引き起こしている。というのも、今回の総選挙ではじめて、北アイルランドでは連合王国を構成することを強く主張する「ユニオニスト」に対して、アイルランド共和国と一体化することを求めた「ナショナリスト」の議員がより多く当選されたことである。このことは、これまでのEU離脱をめぐる経緯の中で北アイルランドの地位が軽視されてきたことからも、むしろEUにとどまってアイルランド共和国の一部になることを求めている意向とみなすことができる。スコットランドでの独立を目指す二度目の住民投票を行う要望が強まっていることとあわせて、連合王国が分裂する深刻な危機に直面している。
 EU離脱をめぐる見通しも、依然として不透明である。2020年1月31日までに離脱協定を議会で可決して、EUおよびイギリス以外の27の加盟国でその批准を実現することを前提に、おそらく3月ごろからEUとイギリスの間で「将来協定」をめぐる協議を開始するであろう。しかしながら、意図的に、ジョンソン政権はその交渉方針や内容を、今回の総選挙での公約では具体的に一切触れていない。通常は、5年から10年かかるといわれるEUとの貿易協定の締結を、半年ほどで締結して、年内に批准を達成して2021年1月1日の離脱を実現するのは、実際には不可能であろう。
 だが、ジョンソン首相は公約として、すでに、この移行期間の延長を行わないと宣言している。延長を行う場合は、2020年6月までにそれをEUに通告しないといけない。もしもその通告をしなければ、そして現実的に「将来協定」がそれまでに締結して批准を達成できていなければ、2020年12月31日をもってイギリスはEUから「合意なき離脱」をすることになり、大変な経済的な混乱が見られることになる。
 総選挙で大勝したジョンソン首相には、「いばらの道」が待っている。勝利の美酒を味わえる時間は短い。数多くの困難に直面して、いつまでたってもEU離脱が実現できない様子を見て、国民の不満がジョンソン首相に向かう日も遠くはない。だとすれば、これまでの交渉や合意をすべて無駄にして、「合意なき離脱」を決断するのだろうか。イギリス国民も、EU市民も、そして国際社会も、次第にこの問題への関心を失い、困難な現実を直視しようとしないジョンソン政権のイギリスに怒りを感じるようになるのではないだろうか。

●第16回中曽根康弘賞の募集について
当研究所では現在、「第16回中曽根康弘賞」の募集を行っています。
この賞は、政治、経済、文化、科学技術等、多様な分野で国際的な業績をあげている
若い世代を表彰するもので、優秀賞1名、奨励賞若干名を予定しています。
また、募集期限は令和2年1月31日です。
以下のアドレスに募集要項を掲載していますので、ぜひ、ご覧ください。
http://iips.org/award/guideline.html

【お問い合わせ先】
 このメールマガジンは、ご登録頂いた皆様および役職員が名刺を交換させて頂いた方々を中心にお送りしております。
 ご意見を頂戴できる場合は、本メールマガジンの配信用アドレスまでお寄せください。
 なお、原則として返信致しかねますので、ご了承ください。
・NPIメールマガジンの配信停止はこちらからhttps://w.bme.jp/bm/p/f/s.php?id=npi&mail=hshima53%40iips.org&no=1169
・配信先の変更を希望される方は、恐れ入りますが変更前のアドレスへの配信を停止した上で、
 弊所ウェブサイトの「メールマガジンの発行を開始しました」から新しいアドレスの登録をお願い致します。
本メールマガジンの内容を引用する際には、出典を明記くださいますようお願い致します。
----------------------
中曽根平和研究所(NPI)
〒105-0001 東京都港区虎ノ門3丁目2番2号 30森ビル6F
TEL 03-5404-6651 / FAX 03-5404-6650
https://www.npi.or.jp/

< 前のページに戻る

NPIメールマガジン バックナンバー

記事一覧へ >
公益財団法人 中曽根康弘世界平和研究所(NPI)
Copyright ©Nakasone Peace Institute, All Rights Reserved.