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2020/11/19
NPIメールマガジン「ゆく人くる人」(理事長 藤崎一郎)

NPIメールマガジン「ゆく人くる人」(理事長 藤崎一郎)


 八年近い安倍政権が終わった。おつかれさま、お大事にと言いたい。最後の記者会見は違和感があった。長く国のために働き、病いに倒れた宰相にねぎらいの言葉がほとんどない。他方、質問内容は、総理がすでに冒頭発言で説明したことばかり。トランプも習近平もプーチンも外国首脳の誰の名前も出てこない。夫人に話したときの反応も聞かない。鋭い質問は二、三名の記者だけ。メディアも忖度なのかと思ったとある友人が言った。私はむしろ単に「運動神経」の不足なんじゃないかと答えた。おそらく会見前に記者諸氏は頭の中で質問を準備しており、実際の総理冒頭発言にその答えが入っていても応用が利かず、準備したものをそのまま聞いてしまうのである。相手が言わなかったことを聞くという鉄則を忘れてしまう。大学で教えたり講演したりしたとき何度か似たようなことを経験した。

 安倍政権の評価については言い尽くされているが触れてみたい。私の駐米大使時代は、毎年、総理が変わり5人の総理を経験した。中国の重みも増大していた。私の一番の仕事は、米国人に日本は重要なパートナーなんだよ、と印象づけることだった。私の後任たちは幸いにしてまったくこんなことと無縁である。これは多分に安倍前総理のおかげであろう。
まず財政健全化一辺倒のマインドを払拭し、経済が活気づいた。簡単に言ってしまえば、経済は心理である。明日がベターになると思えば投資や消費をして、その結果、経済は好転する。逆に暗くなると思えばこれらの行動を手控えし、坂を滑りおちる。賃上げなどを含め心理を転換するのにアベノミクスは貢献した。観光客増大、オリンピック誘致、女性重視も国民を元気づけた。他方、抜本的な構造改革や異次元の金融緩和からの出口戦略などは、後の政権に残された。
 外交安保面での貢献は戦後の安保、経済の骨格を作り直したことだ。限定的ながら集団的自衛権を認めた新安保法制はその最大のものである。あれがなければトランプ大統領が出てきて日米安保は一方的だとまくしたてたとき、抗弁が難しかったろう。国家安全保障局長をつくったことで各国とのカウンターパートが出来た。インドとの関係を強化し、インド太平洋の概念をアメリカに先駆けて提唱したのは新しい日本の姿を示した。時間をかけて中国からの歩み寄りも実現した。
 貿易分野ではTPP交渉に参加し、米国が抜けても、新しいTPPをつくってしまったのは世界に日本のリーダーシップを強く印象付けた快挙だった。
 また外国人労働者に関する法律をつくって受け入れへの道を開いたことは日本が普通の国へ進んでいると諸外国に印象付けた。
 これらは今や当たり前のように受け入れられているが、いずれも野党や多くのメディアの反対を断固として押し切った結果である。
 リーダーに求められるのは先見性と果断な実行力である。戦後、吉田、鳩山、岸、佐藤、田中、中曽根、小泉などのリーダーがこれからの日本には必要だとの認識で大変な抵抗を押し切って枠組みづくりをした。その中で今われわれが日々生活している。このリーダーの系譜に安倍前総理はつながる。
 安倍前総理は祖父の岸元総理を手本にしたと言われる。そうかもしれない。同時に正副の官房長官、幹事長として仕えた小泉元総理の影響も大きいと思う。小泉氏は国際関係で大事なことは、先ず米国の大統領を取り込んでしまうという考えだったと思う。戦術というより性格による面も大きかったかもしれないが、相手の首脳に説教したり要求したり細かい説明をしないことが功を奏した。小泉・ブッシュ会談にいくつも同席したが、見事な手腕だった。最近メイ英国首相、メルケル独首相、マクロン仏首相らが公に民主主義などについてトランプ大統領に上から目線で説教して反発をくらうのを見てああやっぱりと思ったものである。難しいトランプ氏との関係をおそらく世界一上手にこなした安倍前総理に国民は安堵し、ひそかに感謝していたはずである。もちろん安倍前総理はプーチン大統領やモディ首相などとも個々に関係も構築していったのであり、米国大統領だけの話ではない。しかし日米間にすき間風がふいていると思えばそれを利用しようとするのが国際社会である。

 翻って安倍外交についてなにが問題だったか。目標を公けにかかげるやり方は両刃の剣になり得る。成否はともかく憲法改正、インフレ率2%のような国内政策では結果は別として、このやりかたは理解できる。外交でも国内関係者との関係では、目標を打ち出す方が評価される場合が多い。しかし外交は相手のある話である。その中でもロシア、北朝鮮などは名にし負うしたたかな相手である。あらゆる手を尽くしたと思うが、自分の在任中にというような時限を示せば、こちらの足元を見てくる。むしろ静かな水面下の交渉を続け、一定の見通しが立ったところで外に出すという伝統的なやり方が功を奏する場合が多いはずだ。また隣国である韓国との関係で言えば、いま起きている問題のほとんどは文政権のやり方に責を帰せられることは自明である。そうではあってもメリハリはつけられるはずである。日本として絶対守らなければならないのは、1965年の日韓の枠組みにかかわる問題と竹島についての立場である。その他の点についても担当部局同士は角を突き合わせるし、双方の一部メディアはヘイトスピーチでこれを煽る。しかし日韓の間がぎくしゃくすれば喜ぶのは北朝鮮であり中国であろう。トップは大所高所からの大きな国益を考え、静かな威厳をもって対応していくのが望ましい。

 外国のプレスは、総じて安倍総理に高い評価を与えている。国内より海外の評価が高い。これはゴルバチョフと現象的には似ている。しかし中身は逆だ。ゴルバチョフは国内改革を断行し、ソ連の国際的地位を低下させ、国内より国際的に評価を得た。安倍総理が海外の評価を得ているのはむしろ外交であり、日本の地位を国際的に向上させたことにある。ただ海外メディアや評論家は、日本の中の問題をあまり重視しない。最近出版された若手の気鋭の米国の学者による安倍前総理の生涯をふり返った本を読んだ。よく調べられた好著である。森友、加計、桜などで民心が安倍総理から離れたことには一応触れている。しかし国民が本当に懸念をもったのはそれらの問題にともなう政権側の対応すなわち文書の改ざんと廃棄、関係者全員の不起訴、特定の検事総長実現のための検察庁法改正案などだったことまでは踏み込めていない。やはり「外からの目」だなと感じた。
 退任後、福田赳夫元総理はOBサミットに熱心だった。中曽根元総理はリー・クアンユ―・シンガポール元首相などとともにアジアの賢人、哲人政治家として重きをなした。いま世界を見渡すと退任後も発言に重みがありえるのは欧州ではメルケル独首相、アジアでは安倍前総理だけだろう。早く本復され日本のアセットとして発信し活躍されるよう期待したい。

 さて菅新総理である。海外メディアは実務能力につき「ミスター調整役」、「ポーカーフェイスの忠臣」などと評価し、外交能力未知数と書く。当たり前である。官房長官は城代家老であり本丸の守備が仕事である。外交が仕事ではない。従って在京特派員も直接懇談しているものは少なく日本のメディアに書かれていることをオウム返ししているだけである。特別な情報があって書いているわけではない。これからである。総理就任時に外交の準備ができていたのは中曽根元総理と第二次政権の安倍両総理くらいである。田中元総理は、大蔵大臣、通産大臣はやっていたが外交はあまり経験なかった。しかし就任2か月で日中国交回復を成し遂げた。外交は安倍前総理にお願いして、菅総理は内政、改革に集中してほしいとの趣旨をある元政治家の著名な評論家がテレビで述べていた。とんでもない。行革や経済改革はいざとなれば相当部分は行政改革大臣や経済再生担当大臣のような閣僚に委嘱できる。外交は総理自らの仕事である。アメリカ大統領や中国の主席が相手とみなすのは現職総理だけである。こうしたアドバイスに耳を傾けたら悔いを残す。
 
 新総理に外交面で期待されるのは、新しいヴィジョンの打ち出しである。国連総会などのメジャーな機会をとらえたり講演や外国新聞テレビとのインタビューの機会をつくったりして新しい日本の姿を示してほしい。安倍総理の継承でも、同じところに留まってはいけない。一歩進んで具体的な案も盛り込んだ菅ヴィジョンが必要である。
 もう一つは各国首脳との友達作りである。会ったり電話会談ができる人間関係づくりである。安倍前総理がこれに特段に長けていたのは皆が認めるところである。官房長官としてこれを支えてきた菅総理もこれが頭に入っているはずである。開拓者の国である米国人はたたき上げセルフメイドマンが大好きである。多くの政治家は「貧しい出身で一族で大学に進んだのは自分が初めてだ」などを売りにする。億万長者の息子のトランプ氏もセルフメイドマンであるとよそおう。雪深い秋田から出て苦学した菅総理はスタート地点で元総理の孫や元大臣の息子よりも米国民一般にアピールするものを持っている。ぜひ笑顔で世界の首脳との会談や外国向け講演、インタビューなどを積み重ねて欲しい。それこそが国益にかなう。


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