2019/10/03
コーベットの海洋戦略から読み解く新防衛大綱
帖佐聡一郎 主任研究員による研究レポート「コーベットの海洋戦略から読み解く新防衛大綱」を掲載しました。
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(要旨)
昨年の12月に策定された新防衛大綱では、我が国の安全保障における海洋の重要性が強く認識されていると同時に、我が国を取り巻く安全保障環境が格段に速いスピードで厳しさを増しているという強い危機感が表れている。近年では、我が国は積極的平和主義の下で数多くの国際貢献に従事するようになり、また海洋基本計画や自由で開かれたインド太平洋構想を通じて、世界の海洋の平和と安定のために積極的に関与していこうとする姿勢がますます顕著になってきている。「開かれ安定した海洋」の秩序強化を目指す新防衛大綱の文言は、まさに海洋国家として繁栄を目指している我が国の方針を象徴するのであり、そのような国家目標を実現するための戦略、つまり海洋戦略はいかにあるべきかを検討することは、我が国にとってまさに喫緊の課題である。
古典的海洋戦略家であるコーベットは、イギリスの海洋帝国としての成功の秘訣を、その海軍力と陸軍力の統合により、ヨーロッパ大陸における諸国家の力関係を自由に操作できた点に見出している。加えて、「戦争とは他の手段による政策の継続に過ぎない」というクラウゼヴィッツの有名な格言から、軍事力のみならず外交力や経済力との相互作用を重視した独自の戦略思想を発展させた結果、海洋国家の繁栄のカギは戦争を望むようにコントロールすることであり、そのような限定戦争を実行足らしめるのが陸海軍による統合作戦であるという海洋戦略を導き出している。
新防衛大綱では、格段に速度を増す安全保障環境の変化に対応するため、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における能力及び従来の陸・海・空の領域における能力(海空領域における能力、スタンド・オフ防衛能力、総合ミサイル防空能力、機動・展開能力)等を特に優先して強化すべきとして具体的な施策を提示しているが、これらにはコーベットの海洋戦略の思想が色濃く反映されている。
まず宇宙・サイバー・電磁波領域においては、相手方の能力を妨害あるいは無力化する能力を強化するなど積極的な姿勢が示されているが、これはコーベットが主張した戦略的防勢の思想に合致するものである。海空領域においては、平時からの水上艦艇、潜水艦、固定翼哨戒機、UUV等による広域にわたる情報収集・警戒監視と、有事の際の海上優勢の獲得・維持によるシーレーン防護のための取り組みが示されているが、これはコーベットが提唱する海上交通の管制と集中と分散の戦略を体現するものである。また今回大きな注目を集めた「いずも」型護衛艦の改修は、コーベットが重視する戦略的防勢と統合作戦の戦略に資する施策と言える。さらに、島嶼部を含む我が国への攻撃や侵攻を効果的に阻止するために、小規模反撃能力としてスタンド・オフ防衛能力(長距離打撃力)や総合ミサイル防空能力の保持を目指すことや、水陸両用戦能力のような限定的な戦力投射を含む陸海空統合の機動・展開能力の向上を図ることが明記されているが、これらは、防衛の本質は反撃であり、たとえ海軍力が劣勢な場合であっても敵戦力の一部を行動不能にすることで相対的な劣勢を挽回できる可能性があるとするコーベットの戦略思想からも妥当な施策である。
(以上)