2019/11/22
「持続的グローバル経済成長に不可欠なデジタル社会基盤について考える ~価値変革の世界的潮流を見据えて~」 (中西穂高・帝京大学教授、船守美穂・国立情報学研究所准教授、大島一夫・NTTファシリティーズ総合研究所EHS&S研究センター長) (「情報通信技術(ICT)と国際的問題」研究会+「経済社会研究会」+「米中経済問題研究会」コロキアム)
中曽根平和研究所では標題につき、経産省出身・元高知県副知事で現在日本テレワーク学会副会長を務める中西穂高・帝京大教授、東大の国際化を先導され世界のオンライン高等教育に関する国内第一人者である船守美穂・国立情報学研究所准教授、ならびに、通信インフラ等の建物・エネルギーに関する研究チームを率いる大島一夫・NTTファシリティーズ総合研究所EHS&S研究センター長との意見交換を、以下の通り開催しました。
議論の概要は以下3のとおりですが、オフレコを前提としていますので、これ以上の詳細は割愛いたします。
1 日時:令和元年11月11日(月) 14:40-16:50
2 場所:中曽根平和研究所 大会議室
3 概要
(1)デジタル社会基盤を支える人材と働き方 (中西教授)
■私たちがいる時代のキーワード:「デジタルネイティブ」そして「トランスボーダー」
現在の若者(10代以下)は、スマートフォン(スマホ)を触りながら育ってきた世代であり、物心がついた時からデジタル機器が身近にあった「デジタルネイティブ世代」といってよい。
彼らはコミュニケーションの取り方が異なる。隣にいてもSNSの活用など、スマホを介したやり取りは当たり前であり、レポート等の成果物もスマホの中で作り上げる。
こうしたデジタルネイティブ世代が世の中の主流になると、仕事の進め方も従来とは変わる。「顔を合わせなくても、デジタルでつながってさえいれば、世界中どこにいても仕事は一緒にできる」、「やり取りはデジタル記録され、"見える化"される。」
こうした状況は、様々な境界(ボーダー)を簡単に越える、いわば「トランスボーダーの時代」を導く。例えば、会社間の壁を超える「副業の推奨」、ビジネスとプライベートが織り交ぜられた「Workation(Work+Vacation)」や「Bleisure(Business+Leisure)」の普及、そして国境や言語を軽々と越える「電子翻訳・通訳」の一般化などが進む。
■求められる能力:「検索能力」「人とのつながり」「こだわり」、そして生産性向上へのカギ:「ワークライフバランス」「時間場所の制約脱却」「自己能力の集中活用」
このような時代に求められる能力は、従前とは異なる。「知識重視」から「調べ方・検索方法を知っていること」すなわち「検索能力」の重視へ、更には「知っている人・聞ける人を知っていること」すなわち「人とのつながり(人的ネットワーク)」重視へと変化する。また「協調性重視」から、他者との差異化(ユニークネス)を意識する「こだわり(個性)」重視へと変化する。
こうした能力を活かしつつ、ICTを利用した新しい働き方によって、生産性向上は成されていく。例えば、新たなワークライフバランスをもたらす前述の「Workation」「Bleisure」、時間・場所の制約から脱却した「フレキシブルワーク」、自分の能力を集中活用する「フリーランス」「ギグエコノミー」等、これらは、生産性の式の分母となる「インプット」削減ではなく、分子である「アウトプット」すなわち「量的効果と質的効果」の増大により生産性の向上をもたらす。
■日本が再び世界をリードするために
個人には「新しい"働き方"の実現」、社会には「新しい"働く仕組み"の実現」が求められる。
前者では「仕事への自分の拘り」そして「己を知りそして律すること」が重要。後者では「知らない人とチームを組んで仕事をする」ことを当たり前にすること、そしてその際の「評価方法の標準化・共有化」が鍵。(あわせて労働法制や社会保障など各種法制度の改革と、寛容さを許容する社会に向けての意識改革も必要)
リスクよりメリットへの注目、新たなイノベーションの可能性への注目が重要だ。日本の暮らしやすさ(安全・気候の良さ)も諸外国と比してのアドバンテージとなりうる一方、「出る杭を叩く」、「人見知りする」傾向をどう回避するかを考える必要がある。「シニアでも実利があればデジタルを使いこなす。」眠れるタレント(才能)を掘り起こす仕掛けも鍵。
(2)生涯学習時代に求められる学習プラットフォームと学び (船守准教授)
■米国の高等教育における大規模公開オンライン教育(MOOCs)の盛衰とその後
米国におけるMOOCsは、米国の高等教育財政の逼迫がもたらした、授業料高騰に伴う学生減少および、大学における提供可能科目数の減少などを背景に、2012年から開始された。しかしながら、受講者の多くが既学位取得者かつ修了率が一桁に留まるなど、社会人等向けの公開講座の域を出ず、既存高等教育の代替手段としては、厳正な成績評価可能な人数に絞られた(非公開)オンライン教育が適切という認識にシフトしていった。
そのなかで、個別学習者毎の理解度に合わせた教材カスタマイズ可能な「パーソナライズド・アダプティブ学習」、そして、より職業教育に近いスキルを積み上げて提供する必要から「コンピテンシー・ベースド教育」、更にはオンライン教育をベースに対面参加型授業・教員個別指導で知識咀嚼を図る「反転授業」などが着目されていった。
■米国で進む高等教育のモジュール化・アンバンドル化
上述の流れは、米国の高等教育に着実に「モジュール化」「アンバンドル化」をもたらしつつある。
例えば、アリゾナ州立大学では既に、全学的なオンライン教育が推進され、特に初年次教育ではMOOCが採用され、また自動の専攻及び科目選択システム「eAdvisor」も稼働している。また、IT分野などでは、企業が開発したオンライン科目の大学における利用や、大学のオンライン課程を活用した企業の従業員の学位取得プログラムも出現してきている。
■デジタル&生涯学習時代の「学び」
デジタル化の時代は、それ以前の「知識重視」の時代に比して、「総合分析力とコラボレーションから、新たな知見、活動を生み出せること」が重要となる。また学びのスタイルについても、「上下・師弟関係」から、「学生同士に教員も交えた、水平な教えあい・学びあいとしての"ソーシャル・ラーニング"」が重要となる。更に授業スタイルについても「一斉授業」から「非同期的・個別化学習」が重要となる。
こうした重要性の変化に加え、技術や職業知識を随時学びなおす必要性が高まることで、高等教育においても「長寿社会の生涯学習」に対応していく必要が出てくる。またこの生涯学習の中では、高等教育の社会層・年齢層の広がりに対応した、教育内容の多様化(異分野専門職同士の協働~リテラシーの醸成まで)に対応していくことが必要である。
このような場面への対応力の高い「高等教育のオンライン化」そして「モジュール化・アンバンドル化」は、今後ますます進んでいくと考えられる。
こうしたなか日本のアドバンテージは、「CiNii、SINETをはじめ、高等教育に必要な高度IT基盤が日本中の教育機関に提供される仕組みが整っている」ところといえる。これらのソフトウェア部分はオープンソースで作られており、現在諸外国への展開も検討されている。一方で高等教育の本質が、より「コミュニケーション」にシフトしていく中、日本で議論されがちな「機械化・効率化」の側面よりも、「共に集まる・動く・楽しむ」といった側面にフォーカスしていく必要がある。
(3)自然災害とレジリエンス向上のためのデジタル化 (大島センター長)
■アジアにおける自然災害の特徴
日本並びに東南アジアの自然災害の状況を歴史的にみると、「暴風雨」「洪水」が件数として突出し、ついで「地震」。しかしながら件数は少ないが一回当たり被害が甚大になると考えられる「噴火」「感染症」も存在。
こうした自然災害への対応については、頻度そして一件当たりの被害の大きさ、双方への配意が必要。
■デジタル技術を利用した自然災害に対するレジリエンス(強靭性)向上
自然災害に対するデジタル技術を用いたレジリエンスに関し、①災害発生後の速やかな状況把握 ②事前に被害の発生が予測される場合の観測や避難準備 ③普段からの備えの例 について紹介する。
これらをいかに蓄積・高速解析・シミュレートして、「分かりやすく"見える化"かつ"プライオリティ化"して可能性を示すか」が重要。
以下、日本国内におけるいくつかの事例(実用化済・研究段階の双方)を示す:
【①】「暴風雨」「洪水」等において、人工衛星からリモートセンシングによる屋根のブルーシートや浸水状況、植生流出(土石流)状況などから、速やかな被害判定及び保険金支払いの準備を進める研究。
【②】波長の異なる2種類のレーダ雨量計の降雨データを合成し、既存の実設置観測網「アメダス」に比べて、飛躍的な高精細・短間隔で雨量データを収集・提供できる「XRAIN」(250mメッシュ・1分間隔)が実用化。(尚アメダスは17km毎・1時間毎収集)。
また「XRAIN」を活用して、より狭域での累計雨量を的確かつリアルタイムに切り出すことで、都市での内水氾濫対策に役立てられる研究も進む。
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環で、AIを活用した災害時の避難勧告・指示等発令の市町村支援システムの研究:膨大な災害関連情報の中から、自動的かつ迅速に必要情報を抽出。
また東京都区内の「XRAIN」等の実データ・予報データに加え、地上・下水道・都市河川等の雨水の流れの力学計算を基に、都市浸水をリアルタイム予測する研究。
【③】防災科学研究所では、災害時の空中写真・現地写真をデジタル化・オープン化することで、過去に起きた自然災害の様子や復興の過程に触れやすくし、事前予測に役立てる営み。またCAE(コンピュータ支援設計)による津波シミュレーションやAR/VR(拡張現実/仮想現実)を活用した津波避難訓練も広がる。
■電気エネルギーのレジリエンスの重要性
東南アジアでは、商業・公共サービス部門におけるエネルギー消費が過去20年で飛躍的に伸びており、このうち電気エネルギーに依存する割合が大きくなっている。
日本は電気エネルギー供給に関するレジリエンスについて、自然災害への対応や、研究と実務実学との密な連携を含め、多様な経験を積んできているが、電気エネルギーに大きく依存するデジタル時代が本格化する中、これらを国際協力で生かすことで、日本が世界的なリードを果たしていくことが出来るのではないか。
以上