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2020/02/10
「デジタル時代の"国際金融安全保障"とは?」 (西村陽造・立命館大学教授、清水順子・立命館大学教授、富田亜紀・東洋大学教授) (「情報通信技術(ICT)と国際的問題」研究会コロキアム)

 中曽根平和研究所では標題につき、欧米日三極で金融市場調査業務に携わってきた経験を持つ西村陽造・立命館大教授、日英で為替市場に従事したのちアカデミアに転じ財務省財政総研特別研究官でもある清水順子・学習院大教授、ならびにコンピュータ技術・金融機関・公認会計士のバックグラウンドを持つ富田亜紀・東洋大教授との意見交換を、以下の通り開催しました。

 議論の概要は以下3のとおりですが、オフレコを前提としていますので、これ以上の詳細は割愛いたします。

1 日時:令和2年2月3日(月) 15:00-17:05

2 場所:中曽根平和研究所 大会議室

 

3 概要

(1)日本にとっての通貨・金融協力 安全保障を意識して (西村教授)

■「どの国とどの程度の緊密度で通貨・金融協力をすべきか?」~安全保障の側面を意識して~

 ASEANと日中韓が主導した、東アジアにおける通貨スワップ取極であるチェンマイ・イニシアティブ(CMI)は、2000年の合意当初の二国間取極から、2010年にマルチ化(多国間)取極(CMIM)となり、更に金額枠の増加、そして監視/分析/支援機能を持つAMRO(Asean+3 Macroeconomic Research Office)の開設・国際機関化などにより、東アジアにおけるIMF(国際通貨基金)的な地域金融安定機能を持つものとして発展してきた。

 政策の独立性・自律性等への制約、そしてメカニズムへの監視といったコストを上回る便益が、多国間の通貨・金融協力には求められることになる。

 緊密な通貨・金融協力である通貨統合のなかで発生したユーロ危機の教訓からは、前述のコストのうち、ドイツの相対的な影響力増大に対する監視コストが、フランス等EU他国の当初の意図に反して高くついたものと指摘できる可能性がある。

 これを踏まえて東アジアにおける通貨・金融協力の今後の可能性を考えると、CMIMの二大貢献国である日本と中国とで、「国際金融のトリレンマ」の3要素である「①自由な資本移動」「②金融政策の独立性」「③為替相場の安定」のうち、重視する方向が異なること(日本①②、中国②③)が、地域通貨・金融協力のコストを高めうることが課題といえる。更に、中日の経済規模の格差が拡大していく中で、中国への監視コストはより高まっていくであろう。

 これらを考えた場合に、日本は、東アジアにおける通貨・金融協力のさらなる緊密化には慎重であるべきかもしれない。むしろ2国間の枠組みにおいて、アジアで数少ない自由交換可能な国際通貨という長所を活かして、円を活用するシーンを高める形での通貨・金融協力を模索していく方が、より高い便益が得られるのではないか。

■米中問題が中国元・日本円の地位に及ぼす影響

 中国および中国元へのダメージは大きいであろう。日本円の役割は相対的に上向く。

 一方、通貨の発行権は国家に帰するものであり、通貨がデジタルになることはあっても、国家が発行権を手放すことまではないだろう。また、デジタル化が国際通貨の関係に本質的な影響を与えることはないのでは。

 

■仮想通貨(暗号資産)の影響

 暗号資産は、金融機関の最重要業務の1つである「本人確認」を必要としない現状がある。マネーロンダリングを許さない世界各国の金融当局の姿勢は、「本人確認を必要としない」ままでの暗号資産の拡がりを抑制することになるだろう。また上述の国家の通貨発行権との兼ね合いも、暗号資産の拡がりを抑制する一因となる。

 金融機能の分化(アンバンドリング化)が進む一方、Fintech等で他の機能との重畳も生じている。デジタル文書の時代になり、本人確認行為がデジタルプラットフォーマーと合体するならば(中国はそれが実現しているが)、金融機関が今の形で生き残れるかどうかはわからない。

 

(2)地域通貨がもたらす国際金融安全保障の可能性 ~国際資本フローとアジア通貨の動向を踏まえて~ (清水教授)

■地域通貨の活用度合いを高めた「地域金融安全保障」への道を追求する時代

 今から振り返ると、35年前(1985年)の「プラザ合意」が先進5か国(米英独仏日)でなされたことは、当時の国際資本構造のシンプルさを物語っていたといえるのかもしれない。1990年代以降、国際金融危機が頻発する中で、「ドルで外貨準備を行うことが最大の国家金融安全保障」と見なされる状況が続いてきた。

 しかしこの「世界的なドル外貨準備」は、G20大阪サミットでも指摘されたよう、グローバルなインバランス(経常収支不均衡)を引き起こしてきたものでもある。そうしたなか、IMFに加え、地域的な枠組みで作られた危機対応フレームワーク(アジア:AMRO、欧州:ESM、ラテンアメリカ:FLAR)は、正確かつタイムリーな統計情報の開示によって、資本流出や通貨危機の伝播を防ぐ役割を増していくことが期待されている。

 とりわけ、アジアの通貨体制については、域内金融市場・消費市場の発展及び現地通貨建取引の拡大により、アジア通貨中心の地域安全保障への道が開けつつある。今がそれを本格的に推し進めるかどうかの分岐点ともいえよう。

 アジア通貨の中で依然として国際決済・国際外貨準備としてシェアが最も高いのは日本円だ(直近統計で決済4%弱、準備5%強)。しかし中国元も着実にシェアを高めてきている(同、決済2%強、準備2%弱)。これらアジア通貨の利便性を更に高める策としては「スワップ取極の拡充」「直接交換市場の拡大」「現地通貨建取引・資金調達促進」「円決済のグローバル化・為替取引効率化」「東京為替市場における多通貨決済化」等が挙げられる。

 

■米中問題が日本円・中国元の地位に及ぼす影響

 米中貿易摩擦の激化により、中国が以前に比べて日本に少し近づいているいまは、日中での域内金融協力の可能性が高まっているともいえる。一方で、米中問題はアジア域内でのサプライチェーンの再編をもたらしている。日本はこれを両にらみしながら活用していくべき。

 なおアジアの通貨統合に至るには、その前のステップとして「アジアの人々が地域通貨として日本円、中国元を所有する」という段階が必要になろう。欧州通貨統合前に見られたよう域内での貿易や金融取引で通貨交換の必要が生じ、それに対していちいち交換手数料を払うのも煩わしいという状況から、人々が共通通貨を受け入れる素地ができてから、その次が通貨統合、となるのではないか。

 

■仮想通貨(暗号資産)の影響

 ASEANにおいて、金融市場が成熟化していく過程で、仮想通貨(暗号資産)は思ったほどの伸びを示していない。この背景には、統計上に現れない "為替商"等の存在の大きさがある。かつ各国中央銀行が決済手段として暗号資産を認めていかない限り、商業ベースでの伸びは当面ないであろう。アジアの人々は潜在的にMade in ChinaよりもMade in Japanを信頼している。従って、日本円に勝る地域国際通貨は当面ないのではないか。

 またフェイスブックのリブラは、通貨機能のうち「交換手段」のみを切り取っている印象がある。「貯蔵機能」や「価値尺度機能」がない中で、どこまで有用たりうるかは疑問。

 市中金融機関は「決済」「金融仲介」「情報仲介」の各機能を持つ。暗号資産の伸張があったとしても、これらがすべて失われる、ということはないだろう。

 

(3)デジタル時代のデータの価値・課税、そして国際金融安全保障 (富田教授)

■デジタル経済時代のデータに対する課税・価値算定・利便性と安全性の両備

 二国間の租税条約モデルともなる、OECDモデル条約の第5条に示される「PE(Permanent Establishment:恒久的施設)」概念は、「事業を行う一定の場所」を定義し、外国の事業活動に対して課税権を設けるための手段として最も重要なものである。しかしながらこのPEが考案されたのは今から100年余り前のことであり、PEを置かずしても国境を越えたデジタル取引が容易となった現在の「デジタル経済時代」においては、この概念では課税困難な、多国間にまたがるデジタル取引スキームが多発している。

 OECDでは消費地国で課税するルールを検討中だが、その場合においても、デジタル取引における財・サービスの価値、とりわけ「データの価値」をどう算定するかが明確にならないと、実課税は困難といえる。これについては現在、国際的な会計・税務ルール化は進んでいない。既存の一般的価値算定概念(仕入取引、交換取引、時価算定等)の応用が考えられるが、こうした議論や整理を国際的に惹起していくことが必要である。

 データを土台として活用した金融取引である「仮想通貨(暗号資産)」は、フェイスブックのリブラのように、世界中の多数の利用者をバックとしつつ、流動性を担保した準備金を具備する形での検討が進められている。但し「送金は、メッセージを送信するのと同じくらい、簡単で安全であるべき」というリブラのコンセプトを世界的に具現化普遍化していくには、送金情報の安全な管理確保など、乗り越えるべき様々な課題が存在しうる。

 

■米中問題が日本円の地位に及ぼす影響

 日本のアジア諸国に対する強みの1つに「誠実さ」のイメージがある。また「円買い」は「日本に対する信頼を買う」ということでもある。これらを活かしつつ、これらが揺るがないような公平公正なアジアでの通貨・金融協力制度づくりに日本が資することが出来れば、日本にとってプラスになるのではないか。

 

■仮想通貨(暗号資産)の影響

 30年前には当たり前だった「インターネットは学術研究以外では普及しない」という言説が簡単にひっくり返されたように、暗号資産においてもその利便性や技術向上が、普及に結びつく可能性は十分にあるのではないか。またアイルランドがその法人税率の低さから世界のIT産業を呼び込み発展させたように、暗号資産に対する特定国家の法的特例措置による誘致などが、普及を後押ししていく可能性も有る。

 また暗号資産が、ある種の通貨統合の受け皿となる可能性を見据えて制度設計を充実していくならば、「仮想」ならではのメリットを活用して、何らかの形での補完的「通貨統合」の実現に寄与する可能性も捨象できない。

こうして暗号資産が普及していった暁には、銀行業そのものも姿を変えることになるであろうし、経済そのものも、今までの信用創造の歴史から離れたものになるのではないか。

以上

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