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2020/02/28
"デジタル経済革命"とは?  主任研究員 岩田祐一

"デジタル経済革命"とは?

(「情報通信技術(ICT)と国際的問題」研究会コメンタリーNo.5)

(米中経済研究会コメンタリーNo.9)

主任研究員 岩田祐一

 

■「デジタル経済革命」の国際的重要性の増大

 

 「デジタル経済」および「デジタル革命」は、いまや、世界的に頻出するキーワードとなりつつあり、外交においてもその重要性は増しつつある。

 年初に、茂木外務大臣が今年初の外遊で訪れた東南アジア3か国の最終訪問地、インドネシアにおけるスピーチでも、日本の対ASEAN政策の3つの新たな方向性「人を育てる」「制度を整える」「英知を集める」のうち、最初の2つで「デジタル経済」「デジタル革命」に関連する内容が取り上げられた[1]。「高度産業人材の育成」「ASEAN域内の人材格差解消」に関する発言、そして、デジタル経済の世界的ルール作りに関する発言である。

 しかしその割に、「デジタル経済革命の全体像」が論じられる機会は、こと日本では、少ない。本稿では、限られた紙面でそれにトライしたい。

■20年前のインターネット普及期から行われてきた議論

 

 実はデジタル経済を巡る革命に関する議論は、インターネット本格普及期の2000年前後から行われてきた。

 例えば、当時東京大学の伊藤元重教授が著した「デジタルな経済」(2001年刊、日本経済新聞社)では、第5章「デジタル革命を経済学する」で、この課題に真正面から取り組んでおり「一物一価の法則が崩れうる可能性」「見込み生産の原則が崩れる可能性」を指摘している。前者は情報化により多様な料金制・購入者へのインセンティブがつけやすくなり「非線形価格」が実現しやすくなること[2]、後者は情報化により注文生産若しくは需要に見合った生産が実現しやすくなることを挙げている[3]。

 前者後者共に、現在(2020年)で考えると、あまたの実例を確認できる。例えば書籍オンライン販売サイトでいえば、本を新刊・中古・電子書籍から自由に異なる価格で選べる事象が前者であり、電子書籍化やオンデマンド出版により紙の在庫が不要になっている事象が後者である。

 

■足元ではミクロ経済に留まらないより幅広な議論

 

 前項で挙げたものは、ミクロ経済でいう、価格の決定・需要供給曲線に関連する議論だが、目下の「第四次産業革命」下においては、より幅広い「デジタル経済革命」の可能性が、具体的事例と共に議論できる環境が整ってきた。

 ノーベル経済学賞受賞者で、米国のシンクタンクHoover Instituteのシニアフェローも務める、ニューヨーク大学 マイケル・スペンス教授は、デジタル経済革命をおよそ以下のように総括している[4]。

1)成長の速度と包括性の両方に、経済・金融の両面から、貢献しうるもの

2)デジタル駆動型の自動化/人工知能(AI)/機械学習は(少なくとも短期的には)労働市場の大きな混乱をもたらしうるもの(労働コストで比較優位を保ってきた途上国の経済成長源泉を侵食する側面も)

3)「データ」は価値抽出に基づくビジネスモデル台頭の一方、プライバシー懸念を高める側面も

4)全ての経済効用が(現行)GDP概念では取り込まれないため、経済革新性が限定される可能性

 

 上記のうち1)はマクロ経済の成長に関する議論、2)-4)もマクロ経済の成長度合いに関する議論(2)は労働市場という意味でミクロ経済分析も)であるといえる。前出の伊藤(2001)ではマクロ経済への含意は難しいと結論付けていたが[5]、それから約20年を経て、特にデジタルプラットフォーマーの世界的台頭が、マクロ経済的な議論を可能とする土壌を導いてきたと言えよう。

 

■デジタル経済革命の"光と影"-人材・仕組み・測定方法-、そして日本のリーダーシップ可能性

 

 しかしながら、スペンスの前述議論は、「デジタル経済革命の"光と影"」を示したものに他ならない。

 

 3)については、昨年2019年施行の欧州の一般データ保護規則(GDPR)や、これと、日本の個人情報保護法を含めた各国データ保護法制との相互認証等議論を通じて、少しずつ世界的な検討が進んでいるものであるが、特に2)の、自動化/AI/機械学習が労働市場の大きな混乱をもたらしうる、という点は、冒頭の茂木外務大臣スピーチの「高度産業人材育成」「人材格差解消」と重ね合わせて考えると、今後国際的にも非常に重要な問題となってくる。

 これは従前からのいわゆる「デジタルデバイド(デジタル利用に関する格差)」にとどまらず、「デジタル技術に代替されうるスキルしか持たない、労働者のスキルアップをどうするか」「デジタル技術を産業構造に新たに組み込むスキルの薄い国・産業分野における、キャッチアップをどうするか」という意味で、広く「労働生産性」「産業別生産性」ひいては「経済安全保障」「国力」にかかる問題である。

 

 一方で、4)にも関連するが、デジタル経済をどう測るか、という課題は、各国・各国際機関ともまだ手探り段階である。その状況が比較的よく纏まっているのは、2019年12月発行の、アジア太平洋経済協力(APEC)の経済政策報告[6]である。同報告P18では、以下各点を課題論点として挙げている。

・デジタル経済の定義の範囲に関する課題 ~オンラインプラットフォーム関連のみか?データやインターネットが生産プロセスに含まれるすべての産業セクターか?  "デジタルセクター"とデジタル経済は同一なのか? 情報通信(ICTセクター)および電子商取引との関連は?~

・デジタル経済の計測に関する課題 ~現在の国民計算の範囲内か? 新たにデジタル関連サービス活動を測定するか?~

・測定の正確性もさることながら、政策当事者が経済社会の変化をよく理解し適切な政策を示せるような指標にすることも大切

 技術革新やサービス普及で先行してきたデジタル経済革命も、これらを人間がどう機会として活かすか・使いこなすか、という本番がこれからやってくる。国際的に取り決めていかないこと、協力していかなければならないことは数多い。日本のリーダーシップが発揮できる可能性は無限といってよい。

 

[1]茂木外務大臣のスピーチはこちら(https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sea2/id/page4_005548.html) 1/28閲覧

[2]詳しくは同書:伊藤(2001)P244-P298を参照

[3]詳しくは同書:伊藤(2001)P299-P312を参照

[4]詳細は以下サイトを参照(https://www.project-syndicate.org/commentary/digital-revolution-impact-on-wellbeing-by-michael-spence-2019-06) 1/28閲覧

[5]詳しくは伊藤(2001)P365参照

[6]詳細は以下APECサイトを参照(https://www.apec.org/Publications/2019/11/2019-APEC-Economic-Policy-Report) 1/28閲覧

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