2020/04/06
コロナウイルス危機に対する日本経済の対応力(林 茂 主任研究員)
コロナウイルス危機に対する日本経済の対応力
中曽根平和研究所
主任研究員 林 茂
1.はじめに
「緊急事態宣言」、「ロックダウン(都市封鎖)」、世界大恐慌来の経済危機、世界大戦以降最大の経済危機、日本車の世界生産半減など、コロナウイルスのパンデミック(コロナウイルス危機と呼ぶ)に伴い、背筋が凍りかねない報道や言葉が飛び交う。我々はこれからどう生きていけばよいのか、と迷う日々だ。治療薬については、我が国でも富士フィルム(新型インフルエンザ薬として開発済みのアビガンの転用、日本経済新聞3月19日)、横浜市立大学(ウイルス抗体を検出、同)、東京大学(急性膵炎治療薬のナファモスタットをコロナウイルス治療薬候補に特定、日刊工業新聞3月19日)、などが積極的に進めていると報道されている。ジョンソン・エンド・ジョンソンが来年早々に10億本のワクチン提供可能とのことであり(日本経済新聞4月1日)、治療薬とワクチンに関し世界大で協力して迅速な対応を望みたい。
なお、本稿では、現下の厳しい状況によって苦しい対応を迫られている企業や従業員の方々、医療従事者等の緊急の課題や実情には触れていないが、本稿では現下の厳しい状況に鑑み、敢えて明るい点などを取り上げることとしたことにご理解を賜りたい。
2.出始めた日本企業の動き
こうした中で、日本企業の前向きな動きについて報道が始まった。世界のセンサー市場の50%のシェアを持つ日本企業が、非接触関連の新製品を投入し始めた(日本経済新聞4月2日)。NECがマスクを装着したままでも顔認証が可能とする最新技術は、マスクの習慣がない欧米ではなくアジア向けが中心となろうが、同社の認証技術の高さを物語っており、種々の分野への応用が期待される。エレベーター大手のフジテックが開発した、各フロアボタンに接触することなく行先階を指定できる指のタッチレスセンサー技術は、世界中でテロ懸念が高まっていた中でのセキュリティ強化の流れに、コロナウイル危機が重なって市場シェアを拡大する可能性がある。国内製造が僅少なマスクについては、「マスク海外生産 シャープが検討」、「ミキハウスは子供向け販売」(国内の契約工場で生産)など、政府の補助金の効果や日本企業の対応が具体化し始めた。同日には資生堂が消毒液の海外生産、スズキがインドで人工呼吸器生産との記事もある。コロナウイルスによる生活混乱が発現してから1か月半程度で、国民感情としてはもっと早く、というところだが、企業対応としてはスピーディでもあろう。
3.戻ることないIoT社会への胎動
これまで明らかに対応すべきであった課題についても進む気配もある。3月31日の経済財政諮問会議で加藤厚生労働大臣がオンライン検診を初診から認めることを表明した。オンライン検診は明らかに、医療の情報化を進めることとなる。我が国では、高齢化や地方人口の減少への対応や医療費の削減の社会的要請に応えつつ、進展する高度医療技術の恩恵を広く享受するためには、IoTの進展を踏まえ、一病院内の医療システムに閉じない、病院間を視野に置いた医療システムの構築が求められている。これはIoTの進む米国や中国で大きく進んでおり、これから医療のグローバル化が進んでいくのは必至の流れだ。我が国の医療産業や医療システムが世界市場シェアを獲得しつつ、世界の健康安全に貢献できることが期待される。この際、政府はこの分野に、米中に負けないよう、民間の技術開発支援、規制緩和、知的財産保護政策などを強力に進めることが望ましい。
さらに、働き方改革は我が国の生産性を高める大きな鍵とされていた。様々な企業で不幸な労働災害への対応で火が着いたものの、その対応が済めば一段落となる風向きとも言えたが、是非はともかく、コロナウイルス危機がテレワークの大きな推進力となっている。5GによるIoT社会がすぐ目前に迫る中、テレワークの拡大は国内企業における働き方だけでなく、今後の雇用契約のあり方まで変更を迫り、遅々として進んでいないと指摘されてきたアベノミクス第3弾が現実となる可能性もある。さらに、物品の製造や輸送などのバリューチェーンだけでなく、海外企業との連携や情報交換など経営レベルでの意思決定においても一層、グローバル化が進んでいくことが確実だ。
小中学、高校の休校などでオンライン教育が進むに違いない。これまでは特に途上国で、米国で広く進展しているネットによる高等教育システムがそのままインターネットに載せることで供給されるビジネスが拡大していたが、今後は世界大で教育のオンライン化、国際化競争が進むはずだ。アジア諸国では特に、日本語や日本社会の勉強のニーズが高く、また我が国国内では、AIやIoTの進展や人生100年化や年金不安もあり、多くの年齢層での再教育や雇用訓練が否応なく求められる中で、全世代にこうした動きやビジネスが拡大していくに違いない。
4.各国の動きと日本の国際対応
各国における対策を報道から確認すると、米国では中小企業に雇用維持を条件に事実上の給与肩代わり(6月末まで)や失業給付の拡大(解雇された人に4か月の所得補償)や家計への現金給付(大人一人最大1200ドル、子供500ドル、ただし、年収9.9万ドル超は対象外)、ドイツでは時短勤務制度の拡大(勤務時間の短縮や休業に伴う賃金減を企業と分担して補償)、フランスでは「部分失業」(2か月間、休業に伴う賃金を全額補填)など、雇用対策を中心に置く。米国では、医療整備1400億ドルや航空会社に580億ドル(関連を含めると計750億ドル)の資金支援、事業会社へ融資枠4250億ドルなど、総額2兆ドルとされるも緊急支援の色彩だ。トランプ大統領としては、リーマンショック後の2008年に失業率が10%を超え、オバマ民主党大統領を生んだ状況を作るわけにはいかないだろう。
これらの欧米の対応策を見ると、自国内の経済対策に留まっていることに注目したい。
中国は、この隙を突き、コロナウイルス危機の発祥地とされるにも関わらず、コロナウイルスに関する論文や新薬開発でも注目されるだけでなく[1]、国内ピークが終息していない3月上旬にチェコに110万枚のマスクなどを空輸していた模様であるし、また、イタリアのコンテ首相に「健康シルクロード」構想を伝えるなど、マスク外交を取っているらしい(日本経済新聞3月27日)。これについては、実は欧州でマスクを裏で大量に買い占めておいて、のちに「輸出」しているとの指摘もある(長谷川良、「中国のマスク外交が世界を支配?」アゴラagora-web.jp/archives/2045171.html)。中国がこれまで米国が主導してきた国際秩序に対抗する動きを強める中、トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」によって、欧州とも貿易や安全保障で対立する状況を活用し、欧州諸国に秋波を送っていると捉えることも可能だろう。
欧米にせよ中国にせよ、未だ東南アジア等の途上国経済にそれほど視野を置いていないと思われる。東南アジアは諸国やインドも同様の追加対策を打ち出しているが、ドル需要の急増に伴う経済不安、タイでの冷害などで今後の経済社会の行方が不安視される。コロナウイルス危機は、途上国での蔓延が先進国に戻ってくる可能性があり、世界大の対応が必要だが、報道を見る限り、世界銀行がパンデミック債を活用した資金支援を表明した程度だ。少なくとも東南アジア地域については我が国が主導していくことも、日本外交のソフトパワー強化やRCEPなどの通商戦略を進めていく良い機会といえるだろう[2]。
5.日本の将来を見据えて
日本は財政余力がないと言われるが、日本企業は昨今、内部留保が蓄積し、種々の投資を増大させるべきと言われ続けてきた。たまたまこのコロナウイルス危機では、雇用削減に伴う消費減少による不況が懸念される中、少なくとも大手企業はため込んだ現金のお陰で、雇用者を削減することなく、対応し得る可能性がある。また、現下の株式相場の大幅下落の中では外国企業とのM&Aも進めやすい。忘れてはならないのは、技術力がありながらも財務などが脆弱な中小企業をどう守るかだ。雇用を守りながら、中国企業を始めとした外国企業からの「日本の技術の安売り」とならないような対応が肝要だ。中小企業は高い技術を持ちながらもその知的財産を守る手立てを行う余裕がないことも多いと聞く。すぐに特許を取得できる筈もない(なお、2019年4月より、特許庁において中小企業の特許出願については特許料や手続きの減免制度が導入されており、その活用が期待される。https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/genmen/genmen20190401/index.htmlを参照)。大企業から見ても、関連する中小企業の技術に自らの競争力を負っていることも多いので、社会政策への配慮という意味ではなく、自らの競争力の維持という視点で、改めて自らのサプライチェーン内の中小企業をきちんと守り抜いて頂きたい。政府にはそうした中小企業の知的財産を応援する政策、技術を持つ中小企業を守る大企業を支援する政策を強力に推し進めて頂きたい。
政府の強力な経済対策による下支えと日本企業、雇用者の必死な努力によって、(種々苦しいことがあろうが)おそらく他国以上にうまく乗り切るに違いない。この間に種々の課題を果敢に進めることができれば、あちこちの分野で「周回遅れ」とされてきた日本に挽回の機会を与えてくれる。今こそ、果敢に取り組むべきだ。日本政府には、下支えのための大規模な経済対策の後にも、積極的な経済政策を実行していくことを、日本企業には現下の困難な状況を乗り越え、新しい活路を見つけ出すことを期待したい。
[1] 中国については、発症当初に情報隠ぺいの疑いが指摘されており、世界各国からの信用を落とした点があることも事実であり、特に米国とさらに厳しい関係に陥る懸念があり、中国が外交上メリットを享受した訳ではない。
[2]今回のコロナウイルス危機により、これまでの経済のグローバリゼーションの動きがさらに停滞するどころか、世界経済のデカップリングが進み、世界に自国利益ファーストの動きが進む懸念がある。我が国としては、世界の自由貿易やルールに基づく世界経済体制の維持、強化に一層の役割を果たすことが求められる。