2020/10/12
「デジタル時代の国際リスクレジリエンス~保険と協調~」【上・プレゼン編】(中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会)
中曽根平和研究所では標題につき、行動リスク心理学を専門とされる稲葉緑研究委員(情報セキュリティ大学院大学准教授)、損害保険をアカデミック・実務の双方で見て来られた桑名謹三先生(関西大学社会安全学部准教授)、ならびに、災害等の情報データ活用を専門とされる、澁谷遊野研究委員(東京大学情報学環特任助教)との意見交換を、以下の通り開催しました。
【上・プレゼン編】【下・丁々発止編】の2回に分けて、概要をお届けします。なおスクリプトはこちら、稲葉委員のプレゼンテーション資料はこちら、桑名先生のプレゼンテーション資料はこちら、澁谷委員のプレゼンテーション資料はこちらをご覧ください。
1 プレゼンテーション「防災の国際協力枠組の主導における課題とデジタル活用についての一考察 -心理学的視点を導入して-」(稲葉委員)
■リスク対策として後回しになりがちな「防災」、それでも経済的に必要とされる理由
リスク対策の常として、「リソースに上限がある以上、あらゆるリスクに一律に対策を実施することは困難で、偏りが発生する」ということがいえる。このことにより「実施しやすい対策から進めた結果、後回しにされた対策はいつまでも手を付けられない」という問題が発生しやすい。
後回しにされやすい対策の特徴の1つは、災害等の事象の予測の不確定さの影響を大きく受けるものだ。そうした意味では、防災対策は、近年国内で頻発する河川洪水等を見るまでもなく、後回しにされやすいものの1つだ。
一方で、経済の持続的な発展の観点から、特に途上国における自然災害に対するレジリエンス(強靭性)向上のための国際協力が重要視されてきている。とはいえ、防災という観点では必ずしも実際の盛り上がりが見えない。
それでも防災が必要な経済上の理由は、冒頭の考え方に戻ると「リソース、つまり、復旧・復興支援金には、上限がある」ということだ。また、想定以上の災害は、保険や公的補償等の支払対象外となるような損害を生み出し、サプライチェーンをはじめとした経済への悪影響を拡大しうるため、これを防ぐという側面もある。
■防災に於ける日本の国際的目標、そして他国が消極的な背景
防災における日本の国際的目標の1つは、防災協力の世界的枠組みの中でイニシアティブをとる、というものだ。現状、2国間防災協力における日本の直接支援額は、過去20年で見て、世界の総支援額の過半を占める。また国連防災機関(UNDRR)については、日本の拠出額は2019年度、スウェーデンに次ぐ2位、そしてトップを務めるのは日本の外務省出身の水鳥真美氏だ。
他方、防災におけるこうした日本のプレゼンスは、他国等が防災の国際協力に消極的な表れ、といえないこともない。特にリソース(金銭的・人的)を提供しうる、先進国との協力関係強化が、この打開のカギとなろう。
それでは、他の先進国等が、防災の国際協力に消極的とした場合、それはなぜだと考えられるか? 想定される3つの要因は、①「協力によるベネフィットが小さい」可能性、②「防災コストの効果を小さく認識している」可能性、そして③「防災コストそのものの大きさ」だ。
■デジタル活用による新たな(先進国間を中心とした)国際防災協力可能性
3つの要因のうち、②③については、予測や想定にかかるものであり、デジタル活用による防災予測精度を向上させることで、国際協力における改善可能性を考えることが出来そうだ。
ただ、この精度向上によって、想定よりも総負担が増える可能性も出てくる。負担軽減(シェア)のためにも、多国間協力の重要性が増していくことになるだろう。他方、これを推し進めることで、これまで協力によるベネフィットを小さく感じていた先進各国に対しても、(自国の技術活用を含めた)多国間アプローチへの新たな関与可能性を感じさせることにつなげられるかもしれない。そうしたなかで、日本は「防災先進国」としての「基準・企画普及」「標準化推進」といった、有利に活用できる武器も活かしながら、いかに国際的イニシアティブを握り続けていくか? このような「先進国(=競合国)との(ベネフィットある)協力」に基づく、戦略的な日本の多国間防災外交が、今後ますます重要になっていくだろう。
2 プレゼンテーション「公共政策と再保険プール」(桑名委員)
■「再保険」とは? -コンセプト&効果-
私たちが普段接している「民間の損害保険会社」は、(自社がある特定損害の補償支払いで潰れたりしないように)、引き受けたリスクを分散させる必要がある。その受け皿として「再保険」という制度がある。日本では1800年代後半ぐらいから、欧州では更にその400年以上前から、そうした取引が行われてきた。現在、世界の再保険会社ランキングは、上位6社のうち、欧州が5社を独占する、といった状況だ。
この「再保険」のコンセプトは「大きなリスクであっても、そのリスクを細かく分割して、世界中の保険会社で持ち合えば、世界中の保険会社が共存共栄できる」というものである。例えば自然災害でいえば、東日本大震災の直接的な被害は日本だけだが、日本の保険会社は、再保険の制度を受けて、欧州の保険会社の助けを得ている、ということだ。勿論その逆のケースもある。ただ反面、世界中の損害保険のマーケットが、グローバルな保険・再保険のマーケットの影響を受けてしまい、安定性を欠く状況にもつながり得る。
再保険の効果について。大規模災害のたびに、多額の保険金支払いが出るが、再保険によるリスク出し(「出再」)なかりせば、で見ると、2011年東日本大震災の時でいえば、日本の損害保険会社トータルの損害率(=保険金/保険料、一般企業で言う「直接経費率」)は9割を超え、(間接経費も踏まえると)実質赤字であった。しかし「出再」により、実際の損害率は6割程度に抑えられている。
なお今回のコロナパンデミックのような状況は、自然災害と違って、世界中にリスクが広がっていることから、政府も(立上時中心に)部分関与しうる国際的な再保険枠組みがより望ましい。OECDのレポートでも指摘しているような、国際的「再保険プール」設立が良いのではないか。
■「再保険プール」とは? また、再保険の国際的活用にあたって
再保険を引き受ける会社が、その損害種別(例:家計地震保険、原子力保険、自動車対人賠償保険・・・)ごとに集まり、(独占禁止法等の適用除外のもと、)参加する各損害保険会社の損害率が等しくなるよう、リスクシェア(お金の再配分)を図る仕組みを「再保険プール」という。
これは、巨大なリスクに対しての保険対応可能性を高める一方で、損害率の固定・共通化によって個々の企業努力を削ぎうる可能性ももたらす。
今回のコロナパンデミックで、再保険プールの国際的設立・活用を考える場合、国によって死者数や経済影響度合いも異なることから、現下の状況が続く前提で全世界一律プールにすると、日本は「持ち出し」が続くことになる。従って、「(政府関与型の)国際的再保険プール」を共同検討する場合には、日本の独立性を何らかの形で保つ方向での検討が望ましい。
再保険の国際的活用は、リスクシェアの面でよい面もある反面、世界同時的かつ国毎の状況好悪がはっきりしているケースにおいては、いわゆる「勝ち負け(損得)」が明確かつ固定化する懸念がある。従って、国益(国内損害保険産業の維持含む)の観点からは、再保険スキームの継続的維持のためにも、「オープン(開国)」型と「クローズ(鎖国)」型を適宜組み合わせた戦略が必要になる。
3 プレゼンテーション「ICTによる社会課題解決モデル(SDGs x ICT) レジリエントなコミュニティ形成のための協調と情報活用」(澁谷委員)
■(災害時を中心とした)コミュニティ発のデータ活用の重要性と課題
災害に関連する各種大規模データは、様々な災害対応・復旧復興への可能性をもたらす。一方で、最も困っている人々、脆弱な人々について、そうした大規模データには、直ちに状況が含まれない・反映されない・見えてこないことがある。ここにデータプライバシーの問題が絡むとなおさらである。従って「コミュニティに根差したデータをどう取り、どう活用するか」という視点も、災害対応・復旧復興にあたっては、同様に重要になってくる。
こうしたコミュニティ発のデータ活用については、ドイツ・シュツットガルト発で世界に広がりつつある「IoTセンサーによる大気汚染等データ収集・分析」や、日本・福島発で世界に広がりつつある「放射線等データ収集・分析」など、事例は積み重なりつつあるが、やはり継続・展開していくことは容易ではない。
■コミュニティ等データ・政府保有データの、より広い活用を可能にするポイント
しかし、上述の2つのコミュニティ発事例では、技術・センシングにとどまらず、(中立的な観測事実に即した立場で)人々を巻き込んだ議論で協調・協働を加速する一方で、分散型のコミュニティ運営を保つことで、規模拡大と自律性とを両立させている。また、資金調達についてはいずれも米欧が中心に支えている。
一方で、日本政府によるデータ提供・利活用促進は、非常に多岐にわたり、様々な分野をカバーしている。しかしどちらかというと、専門の方を対象とした狭い範囲のポータルサイトが多く、(特に所管省庁を超えた形で)これらの横連携・入口一元化がなされているとは言えない状況だ。従って「(探し手にとっての)見つけやすさ向上(への工夫)」が非常に大切な課題といえる。
以下【下・丁々発止編】に続く
4 日時等:令和2年9月30日(水)13:30-15:55 (ウェブ会議により実施)
5 参加者: 中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会 研究委員、および中曽根平和研究所関係者 ほか