2021/02/15
「点と線-デジタル大競争時代のグローバル連携とは?」【上・プレゼン編】(中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会)
中曽根平和研究所では標題につき、初代外務大臣科学技術顧問を務められた岸輝雄先生(新構造材料技術研究組合理事長)、「逆説の地政学」著者である上久保誠人先生(立命館大学教授)、ならびに、後藤厚宏研究委員(情報セキュリティ大学院大学学長)との意見交換を、以下の通り開催しました。
【上・プレゼン編】【下・丁々発止編】の2回に分けて、概要をお届けします。なおスクリプトはこちらをご覧ください。
1 スピーチ「外務大臣科学技術顧問と日本の科学技術力強化--材料開発にもデジタル技術を」(岸先生)
■科学技術外交の3つの役割
2015年、外務省にこの科学技術顧問の新しいポストが新設され、初代の科学技術顧問に任命され約4年半仕事を続けた。科学技術外交には3つの役割がある。
一つ目は「外交における科学技術(Science in Diplomacy)」で、外務大臣に対する助言・提言が中心となる。在任中はG7、 G20で医療・環境の分野におけるエビデンスに基づく政策に関して提言を行い、またアフリカ諸国とのTICAD 6, TICAD7において、人材育成、工学教育、技術の社会実装について提言を行ってきた。国連のSTI for SDGsに関しては、国際協力によるロードマップの作成を提言し、現在は科学技術振興機構(JST)の中村道治顧問が世界を先導している。
二つ目は「科学のための外交(Diplomacy for Science)」だ。外交活動を進めて、日本の将来の科学技術の向上に寄与することが目的となる。在任中は国内外で日本の科学技術の広報的発信を進めてきた。特に在外日本大使館、内閣府と連携し、日本のイノベーション研究開発の状況を「SIP(内閣府の戦略的イノベーションプログラム)キャラバン」として紹介してきた。12か国で開催し、将来の国際協調について討議した。
三つ目は「外交のための科学(Science for Diplomacy)」である。各国の科学技術外交の責任者とネットワークを形成し、国連及び各国政府への助言等を通じ、将来の外交への科学技術からの貢献を探るものだ。米国、英国、ニュージランド、および日本の4か国で、外務省科学技術顧問ネットワーク(FMSTAN)を2016年に立ち上げ、その連携を深めるべく年2回のミーティングを各国で行い、現在すでに20か国余の参加にまで発展している。
■COVID-19等をめぐる科学と政策との在り方
世界的コロナ禍のなかで、まさに科学技術がコロナ対策という「政策」にどう寄与しているかが問われている。
COVID-19対策における現状の日本での進め方は、「政策の中の科学(Science in Policy)」にとどまり、より学術の集結による「政策のための科学(Science for Policy)」の支援体制が欠如している。このためには本来、日本学術会議のような組織がこの任に当たるべきであり、かつ大学にもその役割を担ってもらいたいが、大学からの発信が少ないのは憂慮される。
一方で日本学術会議も、会員任命で大きな問題を露呈している。日本政府が任命拒否しているのは(かつて同会議副会長を務めた経験を踏まえても)認めがたいことではあるが、今回、これまでの事前協議を省いている日本学術会議側にも課題がある。加えて、総合科学技術イノベーション会議は日本政府の中にあり、「科学のための政策(Policy for Science)」を立案する場であり、日本政府の外側にいて「政策のための科学技術(science for policy)」を遂行する日本学術会議との役割の分担が明確でないのも課題だ。
■科学技術外交の課題と未来、そして日本の科学技術力のデジタルによる強化
外務大臣科学技術顧問を務めていた間の、最も重要な科学技術外交の課題は、中国との連携の進め方であった。技術の転用、流出、いわゆる"Research Integrity (公正研究)を十分に配慮した交流が望まれる。しかし一方で、日本の多くの企業が中国に進出している事実、1万人近い研究者が中長期に中国に滞在し、かつ日本の大学の博士課程の学生の30-40%を中国人が占めていることを忘れてはならない。
個人的には、科学と技術を分離することの難しさを理解しつつも、科学には国境がない前提での連携を深め、技術には国境があることを認める態度での交流が望まれる。今後各省に科学技術顧問等が置かれ、科学的知見に基づいた政策決定がより以上取り入れられることを希望する。英国の制度がその1つの参考になるだろう。
尚、日本の科学技術外交における最大の武器は、日本の高い科学技術力にある。過去20~30年にわたり日本の科学技術力の劣化が危惧されているが、次にデジタル化によるキャッチアップ・克服を検討してみたい。
次の時代は、実態あるモノ(physical)とAI, ビッグデータに代表される情報技術(IT,デジタル、サイバー)の融合によるイノベーションの時代と期待される。これが日本の目指すSOCIETY 5.0の社会につながる。データ科学の時代ともいえるが、モノの技術とIT技術の融合による突破が必須といえ、DX(デジタルトランスフォーメンション)が大きく貢献する。
モノの代表でもある材料開発にもデジタルが大きな役目を担う時代になりつつある。材料を構成する要素は、プロセッシング、構造、特性そして性能にある。最終目標の性能を設定し、各要素を結び付ける材料情報(Materials informatics)を統合し、AI、ビッグデータの手法を用い、新しい材料の開発を迅速に進めるのが材料開発のキーの手法なり、これはいわば、逆問題解析ともいえる。すでに内閣府SIPにおける"マテリアル革命"プロジェクトにおいてこの方向の研究が進んでおり、電池、半導体、カーボン材料、そして軽量化含めた、日本の強い材料技術を"デジタル技術"および関連各種リソースの支援強化により推進することが期待されている。
「科学と政治」の対話により、戦略的な科学技術政策を構築し、来るべき『データ科学の時代』を「デジタル技術」の革新で先導し、「感染症」と「気候変動」の直近の課題を克服しつつ、「STI for SDGs」に貢献する"科学技術立国"を期待したい。
2 スピーチ「コンパクトデモクラシー」(上久保先生)
■「コンパクトデモクラシー」とは?
昨年8月、外務省の雑誌「外交」に「コンパクト・デモクラシー」という小論を寄せ、様々な反響があった。これは、世界的コロナ禍のなかでその動向がより着目されるようになった、"グローバル社会における小規模で機動的な民主主義"を指したものだ。特徴として①テクノロジーを駆使してスピード感ある対応で危機に対処 ②現場状況を的確に把握して必要な対処を迅速に行い評価を高める、という2点である。
これは、グローバルリスクへ対処する体制として優れたもので、世界各地で見られた。欧州では、ドイツでは州がリーダーシップをとることで国境閉鎖・PCR検査・経済支援等に機動的な政策を打ち出し死者数を低く抑え経済再開を早めるといった状況がみられた。アジアでは、デジタルを活用した台湾の圧倒的スピード感ある政策が注目されてきた一方、中近東ではイスラエルのスピード感が注目されている。こうした迅速かつ独自のリーダーシップは日本の地方自治体によるコロナ対策でも見られてきたところだ。
なお前述の特徴①については、テクノロジー駆使による人権侵害懸念は示されるものの、これも1つの「コンパクトデモクラシー」の特徴として、政治・行政と市民との間での密接な民主的議論を通じて、人権侵害を防ぐ一定のチェック機能を確立してこられたことも見逃せない。
■コンパクトデモクラシーで成長してきた中国都市そして国家
1978年から始まった鄧小平による「改革開放政策」下で、深圳・珠海・汕頭・厦門に経済特区が設置され、更に1984年には「国家級経済技術開発区」として14都市を指定、この数は現在54か所に増加している。中国はこうした都市に、法的に特別な地位を与え、いわゆる自由市場主義を持ってきて、多額の投資そして税制優遇を行い、かつその域内の経営等の自由度を高めた。いわば、国内に「ミニ・アメリカ」とも呼ぶべき地域を作ったといえよう。
この結果、外資(最初はアジアの華僑企業、ついで日本企業、欧米企業・・・)および技術(米欧等に留学して最先端技術を習得して帰国した約300万人超の「海亀族」とも呼ばれる技術者)をこれらの地域に集中導入して発展し、その輸出による儲けは共産主義国家全体に配分する、というスタイルが出来上がり、今日のハイテク技術高度化、そして軍事大国化につながってきた。
こうした、ある地域のみを自由にしてその中で経済を活発化させ、それを国全体に配分する、といった経済特区の手法は、様々な国でトレンドとなっている。権威主義・全体主義、それから民主化を開始したばかりの国、いずれにおいても、国土の一律的発展が難しいが故のトレンドだ。モーリシャス、ドミニカ、香港、シンガポール、それからインドのバンガロール・ハイデラバードなど、枚挙にいとまがない。
■コンパクトデモクラシーと日本の将来
日本の各地方・地域と世界とは、直接結びつくことが容易な時代となった。これは地方空港からの国際便の便数や目的地の増加をみれば一目瞭然だ。人の行き来、企業の行き来は高まっている。政策的にも、中央集権や各種規制に従いつつ首都東京にばかり目を向けるのではなく、成長著しいアジアその他の熱気に目を向けることが大切だ。
特にCOVID-19は、デジタルによって"近接"という概念が大きく変わる、いわば、スーパーグローバリゼーションともいえる状況を明らかにした。世界の裏側と顔を見合わせてオンラインビデオ会議することも容易になり、情報やカネも、軽々と地域や国境を越えていく。地方自治体が仮想通貨で資金集めをしたり、また中国のデジタルプラットフォーマーが日本企業に国内販路を開放したりするのも、当たり前になる時代だ。
そして、国際金融都市構想の議論が、日本において再び盛んだが、複数の都市がそれぞれの特徴を擁する形が好ましいのではないか。例えば東京は、従来の延長で北米や欧州向け、大阪はアジアと結んだ中小企業成長促進のための市場、福岡はアジアIT企業との結びつきを強めた市場、といった具合だ。
このように、発展都市どうしが直接国際的にも結ばれていくことがこれからの時代の世界的トレンドではないか、と考える。
3 スピーチ「デジタル化の先の備え:デジタル時代の安全保障」(後藤委員)
■なぜ「デジタル時代の安全保障」か?
今後、政府から産業界から市民生活まで社会全体のデジタル化が急伸することは明らかであり、これ自体は良いことだ。しかし、見方を変えると、国・社会・産業・生活すべてがデジタル(具体的には、インターネット、クラウド、・・・)への依存を高めることの備え、いわば「デジタル時代の安全保障」が必要な時代に入ったともいえる。
損害保険の再保険で有名な英Lloyd's of London(ロイズ社)が、2018 年に示した調査レポート "Cloud Down - Impacts on the US economy"では、米国の最大手クラウド事業者(Amazon AWS, マイクロソフトAzure, IBM Cloud 等)が当面サービスを停止・閉鎖する事態となった場合、米国経済に190 億ドル(約2 兆円)の損失をもたらしうると試算している。またこの日数が3~6 日間となった場合でも、全損害額は69 億から147 億ドル、うち半分強は製造業の損害になる、との予測だ。これは既に3年前のレポートであり、その後、政府や産業界におけるクラウドサービスへの依存度がグローバルに増加している状況を考えると、数字は現在さらに大きくなっていることは間違いない。
■サイバー技術、デジタルサービス、データ ー3つの安全保障分野-
それでは、デジタル時代の安全保障を構成するであろう、大切な要素3つをみていきたい。
1つ目は「サイバー技術の安全保障」だ。ここでは、国産技術でのバックアップ(=国産として一定程度キープすべき)が必要なものは何か、という観点が必要だ。
既に暗号技術は、総務省・経産省が共同リードするCRYPTRECでケアしてきているが、更に、サイバーセキュリティ技術のコア技術、例えば信頼の起点ともなる、暗号技術とハード技術を足し合わせたチップの技術、そしてOSS(オペレーティングシステムソフトウェア)の中核を担うカーネルと呼ばれるソフトウェアなどは、日本のサプライチェーンやIoT(つながるインターネット)の安全性の為にも、国産保持すべきだ。昨今のコロナ禍において、ワクチン製造企業がサイバー攻撃を受ける状況。サイバーセキュリティ技術が生命の安全にも直結する時代である。
更にここには、検証技術分析(導入した技術の中身を自ら確認できる技術)も重要なものとして含まれる。例えばファーウェイ問題でも注目された「バックドア」の有無などの機器の安全性をハード・ソフトの両面から検証するような技術だ。米国や英国は苦労してこれを実施したが、日本は残念ながら手も足も出ない状況とも言ってよい。また、サイバーセキュリティにおいては、ハード・ソフト・ネットワークでの各種異常を検知する技術も重要だ。
2つ目は「デジタルサービスの安全保障」だ。産業界のクラウド化は一気に進む可能性が大きく、政府関係も同様だ。他方、前述ロイズ社レポートからもわかるように、グローバルな大手クラウド事業者依存からの部分的な回避手段も備えておく必要がある。例えば、インフラシステムの一部、全体の5%でもいいから、意図的にそうした事業者サービス依存を避けるということだ。そして、それらを開発・構築・保守できる人々をしっかり囲い込み、また育て続けていくことも必要だ。
これらはいわば、デジタル時代の「エッセンシャル」といってもよいのではないか。こうした部分を確保していくためには、政府や産業界を支える重要なデジタルサービスの、クラウド部分の土台がどうなっているか、という見取り図を作っておくことも肝要。
3つ目は「データの安全保障」だ。先日出た、データ戦略タスクフォースの第一次とりまとめでも触れた通り、日本が2019年G20大阪サミット等を通じて世界に提示した「DFFT」(Data Free Flow with Trust:信頼ある自由なデータ流通)の前提として、データ流通における非常事態に対応できる体制・耐性を整えることが必要。
特に、データ流通は、ネットワークの物理的な切断、国際関係による規制、そして汚染(上下水道のようにデータ汚染が起こるとデータ全体が使えなくなる)などによって止まりかねないことに、留意が必要だ。また、日本で法律上扱いづらい重要データなどが海外に持ち出されて、解析されるような事態への対処も必要だろう。
以下【下・丁々発止編】に続く
4 日時等:令和3年2月2日(火)14:45-16:15 (ウェブ会議により実施)
5 参加者: 中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会 研究委員、および中曽根平和研究所関係者、外務省関係者 ほか