2019/10/16
「AI・デジタル・5G時代の 変容するクロスボーダービジネスをめぐる 諸問題への考察」 (國見真理子 田園調布学園大学准教授、奥野政樹 INAP Japan CEO・米国弁護士) (「情報通信技術(ICT)と国際的問題」研究会 + 「米中経済問題研究会」 所内勉強会)
中曽根平和研究所では、標題につき、サービス取引等における国際法学・経済学・会計学分析の専門家である、田園調布学園大学の國見准教授、ならびに、インターネット分野のグローバル企業の日本法人トップであり、米国弁護士でもある、INAP Japan社の奥野CEOとの意見交換を、下記の通りにて開催しました。
研究所員等との議論の概要は下記3のとおりですが、オフレコを前提としていますので、これ以上の詳細は割愛いたします。
1 日時:令和元年10月3日(木) 15:00-17:00
2 場所:中曽根平和研究所 大会議室
3 概要
(1)サービス分野のグローバル化に伴う消費者保護を巡る法的課題
~海外オンライン旅行代理店を例にして~ (國見准教授)
サービス分野は、様々な業種で、グローバル化が進んでいる。サービス貿易は、WTO(世界貿易機関)設立協定の一部である付属書1BのGATS(サービスの貿易に関する一般協定)1条2項で、4形態に分類されている。(①越境取引 ②国外消費 ③拠点設置によるもの ④自然人の移動)。また、サービス貿易において、IMF統計では、2017年時点で、日本は受取額6位、支払額7位となっており、世界有数のサービス貿易大国となっている。
そうしたなか、私たち日本人の海外旅行においても、海外オンライン旅行代理店(以下「海外OTA」)が身近な存在になりつつある。世界大手2社のExpediaグループ、Booking.comグループはいずれも米国に本拠を置き、グループ連結売上高は共に1兆円を超え、日本の旅行代理店を規模で大きく凌駕する存在となっている。
海外OTAが勢力を伸ばしてきた背景には、①潤沢なIT投資に裏付けされたAIを駆使したリサーチ力・組み合わせ最適化の力によるシェアの向上 ②店舗や営業社員を抱えず効率的事業運営を志向 ③言語や国境の壁をITによる多言語対応等で突破 などがある。(老舗旅行会社である英国トーマス・クック社の破綻も①②の文脈で考えることが出来る)
一方で海外OTAの浸透は、部屋のカラ売りや、費用の二重請求といったようなトラブルの増加も引き起こしている。かつては、日本国内の旅行代理店が海外旅行についても一元的にアレンジを行い、トラブルに対しても日本の消費者保護制度が適用されるケースが殆どだったが、海外OTAによる越境取引においては、そうした国内消費者保護制度の適用が困難な状況が生じている。
消費者保護においては、国ごとの商習慣の違い等にも基づき、大きく制度が異なっているのが実情である。日本国内では、(独法)国民生活センターの一組織である越境消費者センターが国際的な対応窓口を担っているが、個別トラブルへの対応とならざるを得ないのが実情である。
デジタル時代が本格化するなかにおいては、WTOの志向する世界標準化の流れに基づき、従来の国家単位の参画のみならず、世界のトップ企業や、消費者団体などの非営利組織も交えた、マルチステイクホルダーからなる、多層的な国際消費者保護ルール構築を行っていくことが求められよう。
この分野ではEUが、国境を越えた競争政策の観点も含めて、通常のリーガルセンスを超えたものを、EU指令書等を通じ、新たなルール構築の枠組みの先駆者としてトライしていっている。またルールがカバーする対象も、分野ごとから、デジタルがもたらす業種融合的な動きなども手伝い、より包括的な枠組みへとシフトしてきている。日本としては、そうした流れを的確に理解しつつ、より透明かつ公平な世界的ルール構築の観点から寄与していくべきだろう。
一方で、豪州では海外OTAが国内旅行代理店を席捲したため、旅行代理店をめぐる消費者保護制度そのものが撤廃され、旅行の取引トラブルの消費者救済については一般的な消費者保護制度に吸収されたような状況もある。ルールは交渉を優位に進めるためのツールであるということも踏まえたうえで、日本においては、WTOルール上の貿易制限措置とはみなされない形で、国内消費者保護制度の維持とのバランスをとっていくことも肝要である。
(2)変容するグローバルICTサービス・グローバル経営・スマート社会の課題を
哲学する (奥野CEO・米国弁護士)
インターネットが主流となってきた1990年代後半以来においても、通信の特性である「減衰」が光ファイバー伝送・無線伝送の双方においても示されることも手伝い、世界中をカバーする通信サービス提供拠点を設置条件の有利な特定国に偏在させることは出来ず、結果として、各国単位の通信ビジネスと通信規制はこれからも続くものと思われる。
こうしたなか中国はやや例外で、国内規制が厳しい為、中国国内向けのサービス設備を日本などの海外に求める例が出ている。しかし、中国のサービス事業者は、サービスメンタリティの面からも、海外設備拠点についても、あくまでも主に中国本土を対象とした営業・サービス提供に限定している様子がうかがえる。
デジタルの時代においては、インターネットをはじめとして、中小事業者がグローバルにサービスを展開できる時代になった。規制当局は、そこにも対応するよう、安全保障等も意識した、新たな規制を導入していっているとは承知しているが、中小事業者にとっては、それらが十分に周知されない、もしくは周知されていても対応できる法務リソースが確保できない、といった問題が出てきている。
またグローバル経営の観点からは、デジタルの時代においても、中国は相当違う印象。中国は組織間の契約の形であっても、実態は個人間で動いている印象。ただ実は、中国はある意味、世界の流れを先取りしているとも捉えており、契約の価値やコンプライアンスなど、完璧な法的遵守が困難な状況を体現しているともみており、この流れは日本や米国等にも確実に浸透してきている。
一方、米国は、いろいろな意味で、世界の流れを象徴している。貧富の差が拡大する状況下、この国をどうしていくのか。これは世界の趨勢にも影響を及ぼす。
なお、デジタル時代が続く30年後を想定してみると、AI・ロボット共に進化を遂げ、判断力も格段に向上していると思われる。またこれらは生産コストを極限まで下げることにも寄与する。このため、進化したAI・ロボットが普及した社会においては、もはや人間が、お金のために働く必要がなくなると考える。
(上記の規制と法務リソースのような話も、元は人間どうしの知性のぶつかり合いという側面もあったリーガルサービスをはじめとした専門職分野のレベルが、契約書の硬直化・定型化などの流れも手伝い、既に世界的に著しく低下してきていることにより、今後AIがすべて対応できるようになっていく可能性も十分あると考える)
従って、デジタル時代が続く中での、労働面での課題は、「働くこと自体にいかに楽しさや生きがいを提供するか」ということになるとみる。企業組織におけるマネジメントの意味も大きく変容し、競争優位や勝ち負けを競ういわば"運動系"のそれよりむしろ、"文化系"クラブ活動の如く、「"よりよいものを生み出す"という曖昧な価値観の具現化・メンバー間共有」の方向へと向かっていくことになろう。
(ただAI・ロボットがすべての社会シーンに馴染むとは考えていない。また持つもの・持たざる者の格差も明確になっていくだろう。)
以上